墳墓の丘

森でイェレトはロギウスとにらみあっている。

道化師が墳墓ふんぼの丘へ逃げ込んだのだ。


ロギウスの隠遁場所であり、元々は祭祀用の巨石が立つ見晴らしの良い丘だったが、彼が実験用の諸々を持ち込んだせいか、今は森と化している。


「町へ帰りなさい」

「道化を引き渡せ、不敬罪だ」

「今は無礼講だ。柱姫が訪れている」

「カーリアの心臓を盗んでおきながら?!」


「姫が夜の魔物に襲われれば、それは姫をもてなす魔術師の不手際だ。魔物が責を問われるわけではない。彼女が望めば罪には問えるが、もし盗まれる隙のある不手際と詰めの甘さを糾弾きゅうだんされたら君を罪に問うことになる」

ロギウスは森から作った牙の長い使い魔の黒虎を撫でながらのんびりした調子で話す。


「冗談じゃない! 柱姫の一部を盗んだ罪をみすみす見逃せとでも?! 狂った魔術師と言えど戯れ言にもほどがある!!」

「町に噂が湧いている。良くない兆候だ。町の世話を見てやりなさい。放っておけば歪む。神にとっても厄介な性質の悪いものが現れる」

「柱姫の一部を盗まれたままで町の世話も何もあるものか! そこをどけ、自分で捕らえる!!」

「君は森には入れない。歓迎したいのは山々だが、彼女は道化がお気に入りだから、君は拒むだろう」

埋神うずみがみとなれば意思などない、死んだ神をいつまであるもののように振る舞う? 不快だ」


「君にはわからない新しい形に変わっただけだ。彼女が失われたならどうしてわたしが一者のままでいるものか」

「町は朽ちた」

「一部を囲うことに意味がなくなった。わたしたちが必要としているのは別の始まりと終わりだと──」


淡々と喋る姿を引き裂くとただの枝と葉になる。

ロギウスは枝から仮の姿をいくつも作り出している。

本体は柱姫の遺骸と共に、うづみの儀式の根の棺にいるはずだ。

イェレトは吐き捨てる。

「戯れ言だ、狂った神め」



だが、森はイェレトを拒んだ。

道化が いるのは分かるのに決して辿り着かない。

しばしさ迷い、地団駄を踏んで森を後にした。

町に戻るしかない。


嘆息して再び現れたロギウスの傀儡くぐつはイェレトを見送った。

森となったこの場は依り代に困らず、いくらでも傀儡が際限なく湧く。

「短気な子だ」

傀儡の肩口から生えた枝が手の形となって、彼の頬を慰めるように撫でた。

「賢い子だから、話を聞けばきみのこともきっと理解できるのに」


目を空に向ける。

「今日はもうあまり深くは潜れないな」

森が不思議な不協和音を鳴らした。

「そうだな、わたしも近々嫌な荒れ方をするように思える。君のように予兆を感じる力はないが、あの子達が心配だ。こちらにもあまり猶予や余力はないのだが。その前に度の過ぎたいたずらをしないようにお説教もしなければ、やれやれ」


「わたしたちはより深く潜らねば」

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