夢 〈歌と竜と取り替えよう〉

さざめきのような声が聞こえる。

陽気な少女たちが歌うように囁き交わす。

たしなめる大人の女性の声。

「ああ、また夜から血の匂い」

「お母様の気が立たないといいけど」

「どうして夜は広がって行くばかりなのかしら」

「赤い衣の道化師はまた噂を持ってこないかしら」

「一度争うばかりのあの子達を叱り飛ばせたらいいのに」

「亀裂は広がるばかり」

「いつかバラバラになってしまう」

「彼女はここに来れるかしら」


歌が潮騒と共に遠のく。






闇だ。

振動を感じる。

揺れている。地震だろうか。

赤ん坊の泣き声がする。

だが近づいて大音響になるにつれ、金属を削るような音に近くなる。

一際大きく揺れる。


「まあ、何かしら。キレイだわねえ」

青く光る巨大なものが浮かびあがる。

(竜……!?)

「新顔かしら。雨の後は色々湧くから。それにしてもいい匂いがするわねえ」

野太い声だが、しなをつくっているような口調だ。

(竜のオカマ……?!)

「ねえ、ちょっとこっちにいらっしゃいよ」

がっぱあと口が大きく開く。

(いや、食べる気満々……!!)


口が閉じる。

「でも、大丈夫かしら。また魔術師さんの贈り物だったら。あの人、贈り物のセンス悪いからまた口が強酸で溶けたりしないかしら。うぶな男も面倒よねえ、本体をちょっぴりかじらせてくれるだけでいいのに、段階踏まなきゃいけないと思い込んで」

わたしの知ってる魔術師なら一口でぺろりの大きさの口の大きさをしている。

頑張っておちょぼ口で齧っても二口が限界じゃなかろうか。


「まあ、いいわ。愛で耐える」

(愛──?!)

視界一面に竜の口腔が迫ってきたので、慌てて身を翻して逃げる。

体が軽い。懐かしい感覚だ。いつも夢の中で蝶を追っているときの体の軽さ。

木立に紛れ込む。

べちょり、とねとついたなにかに全身を捕らえられる。


「取り替えよう」


ウキウキした声が言う。

「あんたと俺、オレとあんた、あんたはオレに、オレはあんたに、取り替えよう。そうしたらあんたの代わりにオレがベルローザから逃げよう、あんたはあんたでもっとキレイななりたいものを捕まえてそいつになればいいよ、なあ素敵な取引だろう?取り替えよう、うんと言っておくれ」


びりびりと空気を震わす金属音が響いた。

(咆哮!! 体が痺れる…!)


だが、ねとついた何かも、痺れたようでわたしの体を離した。

「引っ込んでな、スカスカ野郎。お前が絡むと味がスッカスッカでくそ不味くなるんだよ!」


「だったら取引だ。キレイなこの子をやるから強くて大きいお前をおくれ。そうしたらあんたはオレになって魔術師を捕らえればいいさ。なんて幸せなハッピーエンドだろう、誰もが幸福で昼に見る夢のように素敵じゃないか」


青い炎が木立を燃やした。

ねちょねちょしたなにかが悲鳴をあげる。

「惨めなお前になるためにこの体を磨きたててきたなんて冗談じゃない」

大きなランタンのような瞳がわたしを見下ろした。

「おや、あたしの吐息で燃えないなんて、キレイなだけじゃなく根性もあるのねえ。気に入ったわ。あたしの耳飾りにならない? お前はいい匂いがしてひらひら光ってとてもいい耳飾りになるもの」


(わたしが、ひらひら光って……?)



「蝶……!!」

朝だった。

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