議場

雨が降りだす音がして顔をしかめる。

魔術師が集まっている。場は安定しているはずなのに。

突発的な嵐が湧いたか。


雨は駆除しておきたいものが増える、朝までに時間が取れればいいが。

ケテルは町の建物の影にいれば変容の心配はなかろうが、何かに襲われる可能性はある。

それにしても、雨とは。

ここには神も来るのに。一者となった神も。


懸念が頭を掠める。

やはり町の柱姫は弱っているのか。

柱姫一人の存在で世界は安定化する。

町の柱姫がいる上に、新たにもてなす柱姫がいれば、そうそう雨や嵐は起こらない。


魔術師は柱姫を娶り、その恵みを受けて神たる存在と等しくなる。

昼も夜も変わることのない一者となるのだ。

それを立神りっしんという。

柱姫は不変の存在を持つ神であり、その神性を魔術師に与え、神性を承けた魔術師は世界を堅固と為すのだ。

神性を授けられた魔術師が神として立っても、柱姫を失えば、神性は喪失する。

柱姫が弱れば、神性も弱体化するのだ。




「皆、集まったか」

薄暗い議場に落ち着いた低い声が響いたので、軽いざわめきが起こった。

いつも魔術師たちをあつめるのは違う神だからだ。

天井にいくつもの目が現れ、散らばる魔術師たちを見下ろす。


「減ったな」

残念そうに吐息が流れる。

「ロギウス様があの方を甘やかすから」

「そうは言ってもあれは最後の子だ」

チリチリと鈴の音もする。

赤の道化師もいるようだ。


ロギウスは魔術師を集める会議を始めた神だが、自身の柱姫を失ってからは町を捨て、その遺骸と共に引きこもり滅多に姿を表さない。

使い捨ての目を使って遠方の出来事も知る能力がある。

奇矯ききょうの神と言われる。


柱姫は昼も夜も変わらない絶対存在の神と言われるが、衰える。

移ろいの世界に長居する影響ではないかと言われる。

ゆえに保存し長らえさせる必要を行うのが、つまとなった魔術師の責務でもあるのだか、この神は何もしなかった。

だがなぜか自身の柱姫を失っても消えることも衰えることもなく影響力を保ち続けている。



告げる。

「破壊霊が現れた」

魔術師たちに動揺が走る。

破壊霊は、柱姫以外の他界からの漂流物を差す。

彼らは邪悪である。

存在するだけで世界を破壊する。

この世界が脆弱すぎるから。


「祓う。祭具を授ける。各自備えよ」

立神した神は祭祀を行い、破壊霊を殺すことのできる武器を顕現することができる。

殺した破壊霊を祀るのも神の役割である。

この世界に無害なものとなったあかつきには丁重に慰霊されることになる。


アトリは思案する。

祭具を授かると疲弊する。

祭具は破壊霊を殺す力があるが、呪いがこめられている。

扱いには慎重を要するものだ。

魔術師なら問題ないが、ケテルに持ち運びさせるには難があるかも知らない。

夜は、いつ明けるかわからない。

見知らぬ場所で目覚めたら、ヨナが困惑する。

柱姫を一人で放り置くわけにもいかない。

それは、もてなしの瑕疵かしだ。


今夜は悪天候だ。

破壊霊のせいなら納得もする。

存在するだけで世界を揺らがせてしまう。

柱姫の来訪に伴って破壊霊が現れることはままあることだった。

どこにあるのか誰も知らない異界の門が開いているのだ。

柱姫以外に余計なものが入り込んでくる。


悲鳴が堂内に響いた。びちゃびちゃと濡れた音もする。

祭具の顕現の儀式を始めている。依り代は魔術師自身の血と骨。

別の箇所から同様の音。荒い呼吸音。えずくような音も。

濡れた足音と一緒にアトリの方に近づいてくる。



「君の番だ」

背の高い黒い影がアトリの前に現れる。

神は白い衣を身に付けるものだが、ロギウスは柱姫を失ってからは常に黒い衣を身に付けている。

町の近くにいるアトリが放置されているのは、ロギウスの取りなしがあったからだ。

ロギウスは噂好き道化師を通じてヨナの存在に興味を抱いているようだった。


長い指が胸を食い入る。

昼のヨナには決して危害が及ばないことを念じ続ける。

暫くは体内をぐちゃぐちゃに掻き回していた手がやがてズルズルと固いものを引きずり出した。

ぼちゃん、とそれが血溜まりに投げ出される。

「弓か。とすると今暫し耐えよ」

三本の弓矢が取り出される頃には、息も絶え絶えになっていた。

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