儀の書
アトリは眠る人間を見るのは初めてだが、警戒が無さすぎるように思った。
自分の掌を感慨深く見つめる。
他人に触れるのも初めてだった。
知識はある。
日世であるヨナの記憶と経験は自分のものである。
彼女の目を通して日世の人間の女も幾人か知っている。
夜には人間の女はいなかった。
夜の底には世界を生んだ女神がいるとされ、女神が女を疎むので神に近い夜の世界には夜世として女が生じない。
夜にいる人間は魔術師だけだ。
だが魔術師同士ですら、己の存在を保持するために共食いを辞さないものもいる。
のんきに交流する相手ではなく警戒を怠ってはならぬもので、魔術師が信じるのは自身のみである。
さらに柱姫が現れたとあれば、競合相手となる。
普段から注意深く過ごしているものの、一通り家周りを確認する。柱姫の痕跡は残していないはずだ。
柱姫の訪れはいずれ伝わる。世界は諸手をあげて歓迎する。そして横取りを企む魔術師も出るだろう。
それでもさしあたっては問題ない。
危険のないよう誰の目にも
柱姫があまりに力を持つ存在だから。
もてなしの三夜を終えるまで彼女の
万が一、彼女が一人で夜をさ迷うことがあった時無知でいるのも危険だ。食われる危険がある。
魔術師を消しかねない
一旦魔術師の庇護に置きながら、柱姫が失われるなどあってはならない不名誉な恥辱だった。
念のため、青い表装の書を開く。柱姫のもてなしにおける細則が書かれているのだが、矛盾だらけで解釈が難しい。
とりあえず柱姫は泣き喚いてもいないし、不安に怯える様子もない。落ち着かせて眠らせる呪いもあるが、不要だった。
ページを繰っていると、振動が響きにわかに外が騒がしくなった。
始まりの夜が終わり、更に深い夜へとめくれていく。
アトリは柱姫の様子を見に寝台のある部屋へと戻ったが、眠りに支障はないようだ。
あまりもてなしの難しい姫ではないようだとページに目を落として安心する。
神経質な姫には柔らかく歌うように話しかけねばならないなどと書いてあるが、どのようにしたものか見当がつかない。
アトリはベルローザの歌うのを聞いたことがあるが、あの高音域は神経を削られる代物だった。
それにしても、始めの夜が短い気がする。
この辺りには町があり、比較的安定の整った地域だ。
最近、風の寄り付く頻度も高い気がする。
ひょっとしたら町の柱姫が弱っているのではないか。
用心してもてなしを終えなければ。
ゆっくりと本を閉じた。
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