魔法少女危機一髪
初咲 凛
お腹に力をこめて!
私には三分以内にやらなければならないことがあった
魔法少女として市民の安全を守るため、敵を倒すことだ。
私は魔法少女まほるん。
なぜ魔法少女になったのかというのは今は余裕がないので割愛する。
そんなわけで花の女子高生である私も責務を全うするべく、人間の心を惑わす悪と日夜戦い続けている。
戦いはいついかなる時も命がけだ。
だから余計なことを考えて気を取られてはいけない。
そう、例えトイレに行きたかったとしても――!
*
突如としてギャオオォと大きな声が老舗デパートの二階に響き渡った。
慌てて音の発生源を確認すると、宝石店の高級アクセサリーが床に散らばっている。おそらくショーケースを片っ端から薙ぎ倒しているのだろう。
一通り暴れまわった敵は次の標的を探して二階の廊下へと足を踏み出す。
フロアはあっという間に阿鼻叫喚。大混乱になってしまった。
ちなみに私も絶賛大ピンチだったりする。
けれど、魔法少女として市民のピンチに駆けつけないわけにはいかない。
物陰に隠れると変身コンパクトを取り出す。
「まほまほまっほる~ん♪」
高校生にもなってこのセリフを言うのは恥ずかしい。変身する姿は誰にも見られたくない。見られたら社会的に死ぬ。
魔法少女はいつだって命がけだ。
キュラキュラと音を鳴らしながら魔法少女へと姿を変える。淡いピンクのワンピースに大きな胸元の黄色いリボン。髪はポニーテールへと結ばれて花のコサージュがつけられた。
さぁ、今から私は正義の味方『魔法少女まほるん』だ!
大きな悲鳴が聞こえて慌てて駆けだす。やはり、のんびりしている時間はなかった。
私は自分の危機的状況に見て見ぬふりをして敵の元へと急いだ。
「待ちなさい!これ以上あなたの好きにはさせないわ!」
私が姿を現したのと、敵が一人の女性を右手で捕らえたのはほぼ同時だった。
振り返った敵はニヤリと笑うと女性を盾にするように構えた。
しまった、人質をとられてしまった。厄介な状況に歯噛みする。
相手は一般男性くらいの体格でそこまで大きくない。今まで接敵したなかでは小柄な方だが油断するわけにはいかない。
人間の負の感情が増幅して変化した敵は個体差が激しい。元の人間がどのような人間かで身体能力や知能に影響がでるのだ。
人質をとるこの敵は頭脳タイプなのかもしれない。
「いやぁぁ!ごめんなさい。私が悪かったから、許してぇ」
敵に捕らわれた女性が泣きながら謝罪をしている。もしかしたら知り合いなのかもしれない。
「その女性を放しなさい。どんな理由があっても人を傷つけてはいけないわ」
「ウウウ、ウルサァイ!」
返事をした。ということは、今回の敵は会話することが出来るようだ。
ならば説得又は挑発が有効。
しかし、のんびりと話している時間はない。
今の私は大ピンチ。今までにないほど危機的状況なのだ。
「オ、オレハ、コイツノタメニ。ガンバッテタノニ!」
敵は女性を睨みながら話し始める。
警戒しながら慎重に様子を窺うがどうしてもお腹を押さえたくなってしまう。
戦闘中に余計なことを考えて気を取られてはいけない。
けれど考えまいとすればするほど頭の中で警鐘が鳴り響く。
そう、私は今ものすごくトイレに行きたいのだ――!
思えばあの時にトイレに行っておくべきだった。
私は二時間前の自分を恨んだ。
学校の授業が終わった私はトイレに行ってから下校しようとしていた。すると、ギャルグループの友人達からデパートへ遊びに行こうと誘われてしまったのだ。
その時はそれほど尿意を感じていなかった私はそのまま彼女たちと目当ての雑貨店へと向かった。
だが、彼女たちは寄り道が多かった。
道中のタピオカ屋に始まり、チュロス、クレープ、肉屋でコロッケ。
ようやくデパートへと辿り着いた時にはトイレに行きたくて仕方なくなっていたのだ。
雑貨屋へと向かう友人達と別れて大急ぎでトイレに向かっているタイミングでの敵との遭遇。
運が悪いとしか言いようがなかった。
「コイツハ、ヤスモノッテ――」
「ダイタイ、イツモオレバッカリ」
「リョウリモツクラナイ」
私が過去へと思いを馳せている間も、敵は相変わらず女性への恨み言を語り続けていた。どうやら宝石店で記念の指輪を購入しようとしてひと悶着あったらしい。話は普段の女性の態度にまで言及し始めた。もはや愚痴大会になりつつあるが、事態は切迫している。
ここで「ちょっとトイレに行ってきますね」なんて言える雰囲気ではない。
ヒートアップした敵が傍にあった壁を殴る。
頭に血が上ってきているようだ。今なら攻撃が大雑把になって隙が多くなるはず。
「なるほど、不満が溜まっていたわけね。でもどんな理由があったって暴力を振るうなんて最低よ!彼女の方がよっぽど貴方に嫌気がさしているんじゃないかしら?宝石を安物って言ったのだって遠回しの別れの言葉だったんじゃない?」
挑発すると敵は逆上して大きく咆哮しながら女性を放ってこちらへ駆け出してきた。
これで人質はいない。
ステッキを構えて魔法の詠唱を唱えようとした時だった。
「やっべー、ちびりそう」
後ろに庇った逃げ遅れた人垣からそんな声が聞こえた。
集中して忘れていた事柄が頭の中で一気に思い出される。
「グオォォォ」
その一瞬が命取りだった。
大きく振りかぶった一撃がお腹にはいって壁に叩きつけられる。
お腹に直撃を受けてもはや一刻の猶予もない。
いっそのこと一度戦闘から離脱してトイレに行ってこようかな。そんな弱気が心を支配する。
「まほるん、大丈夫!?」
私の耳に子供の声が聞こえてきた。
顔をあげると駆け寄ってくる人々の姿。
「大丈夫?まほるん」
「お腹平気かい?」
「腕も切れてる」
「私、絆創膏持ってます」
「女の子なのに戦わせてごめんね」
彼らの顔には不安が広がっていた。
悪意が肥大した敵は魔法少女でないと倒せない。
逃げるなんて選択肢あるわけない。
だって私は魔法少女だから。
戦いはいついかなる時も命がけだ。
だから余計なことを考えて気を取られてはいけない。
そう、例えトイレに行きたかったとしても――!
「三分」
思わず口に出していた。
「三分で片づける!」
自分の状態を確認してみるに、これがタイムリミット。
だったら、三分間だけ何もかも忘れて戦って絶対に倒しきる。
お腹に力を込めて私は立ち上がった。
人々を後ろへ庇うと、猛然と向かってくる敵に向かって駆けだす。
ステッキは弾かれて遠くにある。魔法は使えない。
敵は右手を大きく振り上げて攻撃態勢に入る。私は相手の腕を避けるように姿勢を低くしてステッキの方へ転がった。
すかさず左手が私へ向かってくる。その腕を蹴り飛ばして更に走る。
しかし相手は私の意図に気がついたようだ。
ステッキの場所へ行かせないようにと立ち回ってくる。ジリジリと戦闘は長引きつつあった。
あと二分。
このままじゃ埒が明かない。グズグズしている時間はない。
私は思い切って敵の懐めがけて走り出した。敵は向かってくる私を見ると、両手を頭の上で組んで叩きつけようとしていた。
構わず相手の股座へスライディングをして危機一髪で攻撃を躱す。
振り下ろした腕が空振りして体制を崩している相手へ、振り向きざまに渾身のかかと落としを決めた。
ズシンと身体を沈めた敵の身体が元の人間へと変化していく。
激しい動きは危険だと思って避けていたけれど、早くこうしていればよかった。
今回の敵はフィジカルが弱かったのだ。
魔法少女として身体能力が上がった私の攻撃で充分対応できる強さで良かった。
「や、やったー!」
「さっすが魔法少女」
「まほるん、ありがとう」
「俺、魔法以外で敵を倒したの初めて見たかも」
「かかと落とし格好良かった!」
フロア全体に歓声が響き渡る。彼らは口々に私への感謝を伝えてきた。
いつもはファンサービスとしてその言葉に応えるのだけど今日はもうそんな余裕はない。
「皆ありがとう!皆が勇気づけてくれたから倒せたよ!」
申し訳ないけれどそう声をかけてからステッキを拾うと、お急ぎでトイレへと向かう。
私のお腹のリミットはあと一分。良かった。間に合った。
*
間一髪でトイレを済ませた私は達成感を感じながら友人たちの所へ戻った。
「まほ!良かった戻ってきたー」
「めっちゃ遅かったじゃん大丈夫?」
「なんか二階で敵が出てたって聞いたけど平気だった?」
口々に皆が心配してくれる。
「うん、大丈夫。魔法少女が倒してくれたから」
そう、魔法少女はいついかなる時も皆を守るのだ。
例えトイレに行きたかったとしてもね!
魔法少女危機一髪 初咲 凛 @SHANTAU
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます