第7話 ヒステリック

 鼓膜を裂く轟音が、部屋の四隅から打ち出された瞬間。同じく踏み込んでくる烏丸。俺達は同時に全身を引っ掻き回しながら床の上でのたうち回った。

 歪む景色の中で捉えたのは、壁の上方、角に設置されているスピーカー。そこから大音量で流されている音楽。

 いきなり何倍も痛みが強くなった。カラクリの正体がこの音楽なのは間違いないが、あまりの激痛に身体が麻痺して動かない。


「何、を....しやがった....テメェ....ッ!!」


「焦らないで。まだ誰にも聴かせていない新曲なんですから、感想くださいよ。」


「ざッけんな...!!」


 気の利いた皮肉すら底に沈んだままだ。感想もなにも、ゴチャゴチャした音が混ざりまくった理解しがたいジャンルとしか。

 頭が割れそうだ、とにかくこの曲を止めないと。ここは防音室。これだけの音量でも外には一切漏れない。助けは来ない。

 しかし鍵を掴む手が動かせず、手首を震わせるばかり。ケタケタと笑うアミーの声がやけに響いて聞こえ始めている。

 この音楽、やけに喧しい。まるで裏になにかを隠しているみたいに多種多様な音が重なっているようだ。


「まあ...明かしたところで問題ないか。」

「どうせこのまま縊り殺せる。」


「いいの、かッ....!それ...聞いて、突破できちまうかもよ...!!」


「はははっ、ないない!インスピレーションの踏み台にしたいだけですよー!」

「「蛩叫嬌々デ・ス・クリーム」。それが私に与えられた力の名前です。」

「私の曲を聞いた人間を首輪の痛みで縛って、その叫びを拾いさらに苦痛は強くなる...!」


「じっ、じゃあなんでッ...この曲で...!?」


「相手の声さえあればどうとでもなります。インタビューの時、こっそり録音して、加工したものを曲に混ぜてありますから!」

「自分の力です、誰よりもよく知ってる。音量さえ上げれば首輪のマイクが反応してくれることくらいね!」


 曲さえ一度でも聴いていれば誰であろうと対象にできるのか。その気になれば尽きることのないターゲットを殺し続けられるってわけだ。

 明かしたところで、か。確かにこれでは逃れられるはずがない。スピーカーを止めたとしてもここまで強くなった痛みは苦しみに喘ぐ声を無理矢理にでも引きずり出してくるだろう。

 なんだか正義感が湧いてきた。反骨精神と言ってもいい。コイツを野放しにしてはダメだと、それ以前に俺を殺そうとする人間は見境を捨てて返り討ちにしなければならないと。


「そろそろ仕上げに...っああ、動けないんだったっけ。」

「自分の手で締めるのがマイルールなんだけど...仕方ない、待とうかな。」


 高みの見物を決め込むアミー。だが動きは封じてる、これ以上近づけない。動けなくてもいい。ただこの痛みに耐えて、後ろで呻いてる烏丸に反撃を任せればいい。

 端から見れば絶望だ。それでも、俺は生き残らなきゃいけない。誰のためでもなく、俺自身のために。あわよくば飼われてる現状から抜け出すために。

 あまりに脆い一縷の希望を見出だそうとしたその時、新たな銷魂となりうる"影"が、奴の背後の暗がりから現れた。


「────は?」


 空間、ごく一点の虚空から滲み出すように。ありとあらゆる可視光を食い殺すがごとく塗り潰していく。それは瞬く間に広がり、アミーが振り返った時には既に身の丈を越す規模まで拡大していた。

 それを一目見た瞬間なにかを察したらしく、上擦った悲鳴と共に後ずさりしようとするが、片足は俺が固定したまま。身動きが取れず、余裕たっぷりだった表情も一気に曇る。

 憔悴、恐怖。拘束の解除を俺に嘆願するよりも早く、そんな感情ばかりが表に噴出しているようだ。


「待てッ、待って!!証拠なら全部消します、これから消しますからぁああ!!!」


 その闇の奥から、一転して真っ白な姿がせり出てくる。腕だけだが、筋肉質で太く関節がやたらと多い上異常に長い。

 しかしもっとも恐怖を呼び起こす点は、広げた五指の中心、掌に開いた大口だ。ギザギザの歯を煌めかせながら、その獰猛さを如実に示す垂涎。これからなにが行われるのかは想像に難くなかった。

 慌てふためき逃れようともがくアミーにゆっくりと近づいた腕は、一切のためらいなく頭を鷲掴みにし、食い込んだ歯が血を流させる。

 同時に、地響きのように漏れ出す別人の声。


『オイタが過ぎたな、ミュージシャン。』


「おいっ!!助けっ、助けろぉおぉオオ!!何突っ立って...!!」


『只今を持って、貴様のスポンサーを打ち切らせてもらう。』


「痛いぃいいぃ、ああ、ああぁああッッ!!」

「こっこいっ、喰っ....俺っ、あっああ...」


 そして、頭蓋が砕かれる嫌な音が響く。それどころか腕はどんどん下降を続ける。喰っているんだ。

 哀願する声が淀み消え果てても、頭そのものが滴る血溜まりと化しても。脱力しうなだれた身体を離さないまま喰らい続ける。既に言語すら侵食され、呂律はその体を失い、湿り。


『変な気を起こさないことだ。』


 こちらを指差し、用済みとばかりに腕が闇へと引っ込む。こんな惨状を見せつけられては追う気力すら湧いてこない。

 スポンサー。おそらく、楽曲の製作に付随する犯罪行為の援助を行う何者か。金銭だけの関係ではこんな異常な殺しはやらない。

 それ以上の詮索は理性が閉ざした。刺された釘は揺らぐどころか、深々と居座ったまま。しかし反するしかなかった。

 頭のない死体が出来上がり倒れ、いつの間にか荒くなっていた自分達の息に気づくと、烏丸は思い出したように呟く。


「金目のモン...盗ろっか?ね?」


 返事は省略。明日は我が身という言葉の信憑性を得て、走りまくりバカになった脚を放置しながらありとあらゆる戸棚、隙間を漁った。

 地下室を出てもなお耳に飛び込んでくる音楽を止める理由はない。首輪が消えた今、これはただ喧しいだけの音楽だ。

 ナチュラルハイ、恐慌状態。こじ開けた金庫やクレジットカード、預金通帳などを手に、逃走のために乗り込んだ車内で逡巡し始めるリスクの群れが俺を苛む。


 土足で踏み込んだ。手袋もせずベタベタ色んな所を触った。奴の死そのものは立証できないにしろ、変死として片付けられれば必ず特異庁とかいう連中にパスが行くはずだ。

 扱ってるんだろ、異常を。異常あるところに我らありとふんぞり返った変人がやってくる。そして透視だのなんだのかまして俺達を見つけに来る。

 それがたまらなく恐ろしい。次第に特異庁にまつわる噂を受け入れ始めていた俺は、ブッ壊れた天秤をとうにかなぐり捨てていた。


「まあ落ち着けよ...時間の問題だけど、できることはある。」

「あたしのパイプは基本的に裏側。裏側から表に干渉するんだよ。」


 曰く、後払いの"予約"を済ませているらしい。例の悲願、孤児院建設の業者にだ。手に入れた金ヅルをうまく捌いて、情報通り千々石組が子供をダシにした勢力拡大を行っているのなら、早々にそれを頓挫させ迎え入れる。

 希望的観測ばかりが立て続けに並ぶ計画だが、俺が首を横に振る訳はない。嬉々として、と言えば嘘になるが、巨悪を挫くダークヒーローを想起させるこの振る舞いは単純な憧れを生んでしまった。

 やるしか、ないんだと。


「...で、とっとと組のアジト襲っちゃいたいんだけどさー。」

「マジで死ぬかもしんないから、会っときたい人とかもし居るなら言えよ。」


 上がった息が整わない。グローブボックスの蓋を見つめたまま歪む視界が。それでも会うべき人間はいる。

 クソッタレの両親じゃない。ダチなんているはずもない。ただ、一人の恩人だ。


「......」


「...どーした?」

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【第三部】ストレイ・ローグ ~特殊事象・異常犯罪対策庁・三係~ Imbécile アンベシル @Gloomy-Manther

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