第6話 偽薬
「頼んどいたやつの受け取りと、あとなんかイイカンジの鎮静剤見繕って...」
「...あー、アレね。」
「つーかすごい焦り様だな。一枚撮るか?」
「いーから早く頼むってば...!」
「...烏丸、コイツ誰だ...?」
「あー...?アサヒちゃんはアサヒちゃんだよ...素人は黙ってな...」
「こういう時ばっかちゃん付けすんな。」
「
いそいそと解剖台の上に寝そべる烏丸。そして謎の書類が山積みになっているデスク、鍵付きの引き出しを開けて新島が何かを取り出す。
小さな筒状の容器、透明な粘性の高い液体に浸かった眼球の模型。いや義眼か。しゃがれた声の溜め息一つ、つまんで持ち上げたそれを躊躇なく眼窩に押し付けて嵌め込んだ。
そのまま元ある片目を手で隠すと、義眼は本来のそれでないにもかかわらずギョロギョロと動き始め、細かな血管が走る。
生きたものと遜色ない挙動だ。瞳孔なんかの微細な動作や膨張・収縮まで。
「これも超能力か...?」
「ああ。「
「今コイツの"痛み"を診てる、が...」
「なんで私にコレを何とかできると思った?」
「ダメ元だったけど!一応頼っただけなんだけどさあ!ホントに無理なの!?」
「無理。患部はわかったが、薬やメスなんかで取り除けるような簡単な話じゃない。」
「ここがこうだから痛い、そういう身体のメカニズムから外れてる。電波みたいな感じだ。何かを介して痛みそのものが注入されてるな。」
「...伝わってるか?」
そりゃもう十分すぎるほどに。とりあえず現状この痛みを取り除く方法は、首輪を取り付けた大元から断つしかないってことだ。
悪態をつきながら身を翻し解剖台から飛び下りる烏丸に、新島は一通の茶封筒を投げ渡す。
「ほれ、ヤツの住所と外観写真。」
「ありがと...そんじゃ。」
「待て。」
「診察料もらってない。」
「...チッ、1。」
「いーや2だ。」
「ウチには友達価格なんてない。そもそもこんな払い方お前しかしてない。」
「...足元見てんなぁ~もうッ、割引とかやんないとリピーターつかないよ!?」
「必要ない。あとで持ってこい。」
有力な情報を手に、アジトを後にして車に乗り込む。封筒の中身は言われた通りの内容がキッチリまとめられており、今のところ投稿と噛み合う。あとは時間の問題だ。
「アイツ、闇医者かなんかか...?」
「闇医者兼情報屋...」
「診ただけで2万も取るか...?ボッタクリじゃねえかよ...」
「...なんのこと?」
「あ、2ってのはカートンの話ね...」
「こンのクソどもがァッ!!」
んなもん共通の通貨にすんな。呑気に不健全すぎるやり取りかましやがって。
情報は手に入れた、居場所の裏付けもできた。載せられた写真があらかじめ用意されたものだとしてもこっちは暇人、張ってれば逃走の余地もなくこの有名人は取っ捕まえられる。
人通りの少ないハイウェイ、打って変わって都会に差し掛かる街並みは順調に奴の元へ向かっていることを示す。
記された住所は、高級住宅街の中に佇む二階建ての一軒家だった。電灯も点いたまま。あれだけ名前が売れてるなら豪邸かと思ったが、案外そうでもないな。
素早く車を乗り付けて飛び出し、玄関のドアノブを乱暴に捻る烏丸。ドアくらいどうにでもなるってのに、痛みで頭が鈍ってんのか。
「お、おいそんないきなり...!」
「クソッ、鍵なんぞかけてナメ腐ってぇ...!」
「おい狗養!トランクの中のモン出せ!」
「俺が超能力で開けりゃいいんじゃ...」
「ああ!?それじゃ私がガキに頼るモヤシみたいになるだろうが!!」
「プライド拗らせすぎだろ!?」
言われるままに車の裏に回り、取っ手を掴んで持ち上げる。中身は段ボール箱やらいつ期限が切れたかわからないペットボトルやら、随分と雑多なものだった。
しかしさらっと見渡してみれば、烏丸が求めているものは自ずとわかる。鈍く光を受けて輝く黒いブツ。それを手に取り、投げ渡す。
「おッしゃあ~...」
「こンの...クソボケェッ!!」
握った警棒を展開しないまま、柄の頭でドアノブに打ち付ける。ネジで止められた基部が徐々に歪み下を向き曲がったその時、間髪入れずブーツの蹴りを見舞われ扉はあんぐりと口を開いた。
こうしてる今も痛みは続いてる。油断すれば気が触れてしまいそうなほど激しい痛みが今まさに、全身に。焦ってるのは俺も同じなんだ。
まだだ、まだ足りない。奴を殺すためにはもっとこうして、理性や倫理のタガをかなぐり捨てて、ブッ殺す覚悟を持たなければダメだ。
俺はまだ裏の層に入り込んでしまった自覚が薄い。あの半グレも、直接殺しててはいないが片棒を担いだだけ。俺はやってないと言い聞かせてしまえば途端に和らぐ負債が恐ろしい。
もう逃げられないことはわかってる。箔をつけるわけじゃないが、人殺しのハードルを下げる経験が必要だ。
絶対に避けて通れない道、直面する度にビビってたら命が幾つあっても足りやしない。
相手は暫定だとしてもクソ野郎だ、間違ってりゃ頭下げたらいいんだ。傷む良心なんか捨てちまえ。
この世は、俺の弱さを認めてはくれない。
土足をフローリングに擦り付けながら鬼気迫る表情で踏み込んでいく烏丸。それを押し退け、先行し突入する。
制止する声も振り切る。根源を断っちまえば痛みも消せて、どうしようもないしがらみもなくなる。この世界に身を置くからには越えなきゃいけない一線がある。
見つけた扉を片っ端から開けていく。居間。トイレ。風呂場にクローゼット。しかしどこにもいない。
背中に届いてくる声がだんだん怒号に近づき、呻きが混じるようになってきたその時。俺は二階に上がる方よりも先に、地下へ下りていく階段が目についた。
「この野郎ッ....待てクソガキ!!」
知るか。お前が吹っ掛けた殺しだろうが、その使いっ走りになってやるって言ってんだよ。
勢いのままに駆け下りていくと、薄暗い廊下にいくつかの扉があった。これ見よがしに奥の一つだけが半開きになっている。
乗ってやろうじゃねえか。口封じの手段なんていくらでもある。結局最終的に物を言うのは精神力の違いなんだ。
「うゥッ...らぁあアア!!」
力を込めて蹴り開けた扉の先。もうそろそろ限界が近い。悠々とヘッドホンを外しながら立ち上がるその姿に、少し安堵を覚え痛みが和らいだような気がした。
こっちはおちおち構えてらんないんだ、間髪入れず踏み出そうとした片足を「施錠」する。
「おっ...と、動かない。」
「...用意周到ですね。」
「うるせえ、クソッタレ...とっととこの首輪を外しやがれ...」
「じゃねえとテメエこンままなぶり殺しにしてやるからなァア...!!」
「恐ろしい恐ろしい...まあ、一応の忠告です。逃げるなら今ですよ。」
「何寝ぼけて...」
ふと、アミーの隣にあるモニター群。作曲するにしては多すぎるその数に啖呵が詰まる。六つなんて持て余すに決まってる。
映っている映像がさらに戦慄を呼ぶ。それは、ここまで俺達が通ってきた道をリアルタイムで監視できるカメラの画角。既にコイツは俺達を見ていて、何か策を講じている。こんな風に棒立ちで待ち構えられるのなら。
きっと。おそらく。十中八九。増大していく疑念が眼球を四方八方へと巡らせる。
「用意周到、と言いましたが。相手を訂正しましょうか。」
「私の方が、という意味になるように。」
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