第4話 子飼い

────────7/30。AM9:24。


 怒涛、葛藤だけが積もりに積もる数日。慣れないソファーベッドで寝て起きて、煙たい部屋に溜め息をつく。


「...マジで四六時中吸ってるよな。死ぬぜ?」


「ふふん。この煙は、人の怠惰の具象だよ。」

「形にして吸い込んでさ、認知してられる分健康健康。心の毒は管より煙に巻けってねー。」

「え?言わない?」


「言わねえよヤニカ...いや。」


「うむ、賢明な判断。」

「続けてたらシャレオツな氷像のオブジェができちゃうとこ。」


「.......」


 この間は特になにが起きるでもなかった。せいぜいからかい半分にバスタオル姿を見せてきたり、食事がジャンクフードオンリーだったりしただけ。

 あの凄惨な現場に現れた安曇という男は、想像していたよりも普通な風体をしていた。不織布のマスクで顔を隠した、あの半グレどもより遥かに筋骨隆々で、かつ柔和な人物。

 立ち向かう気すら起こさせない。ブルーシートに身体をくるんでいく様、その手際こそが本能からの恐怖を呼び起こさせた。

 出来ることなら二度と関わりたくないが、今日もまた死人が出そうな案件だ。


「...今日は?誰に喧嘩を売るんだ。」


「目つけてるのがいるからそっちで。」


「ヤクザかよ...」


「ヤクザだよ?」


「は?」


「半分はね。あたしヤクザがバックについてるからさー。そうじゃなきゃあんな好き勝手できないって~!」


 そう笑いながら、ようやく烏丸は自身の素性を語り始めた。あれだけ派手に動けているのも後ろ盾の賜物。だったら辻褄が合う。

 だがそれはあくまで利用しているに過ぎないと言った。それもそのはず、先日軽率に命を奪った半グレ二人組は、自分が上に置いているヤクザの組員候補。殺害はただの布石。


「あたしさー、孤児院建てたくてさー。」


「...笑わせんな。」


「いやいや本気。あたし、あのヤクザが裏でやってること知ってるから止めたいの。」


 バックについている「千々石チヂワ組」は規模こそ小さいがかなりの武闘派らしく、超能力者をも力に組み込もうと画策しているらしい。

 どいつもこいつも夢見やがって、と思ったが。俺自身が生き証人となってしまった以上否定できない。問題は超能力者をどこから仕入れてようとしているかだ。

 荒事の手伝いが収入のほとんどを占めている烏丸の、仮の姿としての探偵業だが、一点に絞り調査することにおいて実力は本物。

 数件、数ヵ月のスパンを空けて続いている子供の失踪。判明した居住エリアと照らし合わせると、千々石組の本部から放射状に広がっていることがわかった。


 どう「種」を芽吹かせるかはわからないが、誘拐を行っている事実は明らかだ。烏丸はそれを止めようとしている。

 一瞬、善の方向にイメージが傾いたがすぐに持ち直す。殺しは殺しだろ。崇高な目的があるならなんの罪も背負わずに成し遂げるべきだと俺は思う。

 そんな反論が浮かんでも口には出せなかった。すっかり怯えきっている自分が情けない。とりあえずは手を貸して、全てを終わらせてから解放してもらえるよう頼めばいい。俺を無理矢理繋いでいるのもこのためなんだろ。


 能力の試し撃ち、デモンストレーションと言っていたあの戦いも、獅子身中の虫となり本懐を遂げるための第一歩。

 組との直接対決は近いが、烏丸はそのための軍資金が必要だと言う。どう手に入れるか。そう、金持ちから奪い取ることだ。


「"アミー"って知ってる?」


「...ああ、あのミュージシャンの?」


「そうそう。狙うのはそいつね。」


「狙うって...流石に一般人だろ、リスクがデカすぎる。」


「甘いなあ。普通の人間じゃなかったら狙うわけないっしょ。」

「あたしは裏社会に巣食うカラス。屍肉漁りスカベンジャーの名は伊達じゃないんだぜ~?」


 アミーは若くして今をときめくカリスマ作曲家、大きな会場を貸し切ったワンマンライブの開催も予定されており、ひずんだサウンドとポップが融合した退廃的な歌詞とメロディーが若者を中心に人気を欲しいままにしている。

 その筋の情報らしい。アミーが不明な手段を用いた連続殺人犯であると。車を運転する道すがら渡されたスマホのネット記事には、ショックによる怪死が飛び交う考察と共にいくつか報じられている。

 この主犯がアミーであるという。流れる噂半分に過ぎない話かもしれないが、烏丸が単刀直入にその話を切り出して得たというアポイントメントが信憑性を高めていた。

 事実を突き止めそれをダシに金をせしめるつもりだ。警察や特異庁よりも早く。


「狗養くんアミーとかよく聴くの?」


「コンビニでかかってたのを聞いたくらいしかねぇよ。」

「そもそも自分から音楽は聴かねぇ...」

「そんな暇があるなら自販機の下でも漁ってた方が自分のためになった。」


「そりゃそうだ。」


「少しは否定しろよ...」


 仰々しい芸能事務所のビルにでも連れていかれるかと思ったが、意外と閑静な住宅街の中に佇むカフェの前で車が停まった。

 容疑がかかっているにしろ有名人、上着の襟を持って最低限整えてから店内へ向かう。

 ドアベルの滑らかな音色が響き、目当ての人間はすぐに見つかった。四つの椅子がある奥の座席でノートパソコンに向かいながらコーヒーと添えられたショートケーキを嗜む若い男。

 パーマのかかった長めの髪に被せたバケットハット。なにを追求しているのかわからないアーティスト然とした甚平、その風貌。

 隣に座っているフレームレス眼鏡をかけたマネージャーらしき男もどこかオーラのようなものを感じさせた。


 時間厳守、流石に機会を逃すまいと思ったのか予定ピッタリの到着だ。軽く片手を上げる挨拶に続き俺も会釈すると、向こうも手に持ったコーヒーカップを持ち上げ応じる。

 席に着くと、マネージャーの値踏みするような視線が俺達を交互に刺した。


「はじめまして、アミーです。」

「それではお話通り15分で。」


「ええ。まずハッキリお伺いしますけれど、あなたが犯人?」


「確かにインタビューはお受けしましたがぁ、あれは私の犯行であると肯定する意図はどこにもありませんよ。」

「最近ストーリー仕立ての作曲に凝ってまして。探偵さんでしたよね?ただ何かインスピレーションを与えられないかと考え、応じた次第です。」


「そうですかあ、こちらはまんまと利用されたというわけですね?」


「まあ、そういうことになっちゃいますね。」


「あははは。」


「ハハハ。」


 聞こえだけはいい返答。数秒笑いあった直後、烏丸はいきなり立ち上がって椅子を投げ出し、手前のケーキの皿に渡されたフォークを掴みアミーの喉元に突きつけた。

 上がった脚、テーブルに靴のヒールを穿つように。見下ろす姿勢を取り視線で威圧する。

 瞬き一つしないアミー。ぎょっとしたマネージャーはフォークを握った腕を払った。


「やめろ!!なんなんだアンタは!?」


「ええ、確かにあたしは探偵です。でも浮気調査や猫探しなんかを安値で請け負うほど腐っちゃいない。」


「随分と豪胆なヒトだ。素晴らしいアイデアが湧いてくるのをビシバシ感じますよ。」


「それはよかった。」

「努々お忘れなきよう。あたしの名を、あなたがその目で見た私の可笑しなところを。」

「そのアイデアが、遺作の種にならないよう、祈ることです。」


 つまんだ指、手首のスナップで向きを変えたフォークをアミーに返し、二人が退散するよりも早く俺に「行くよ」と告げ店を出た。

 予定していた15分どころか5分も持たなかった、決裂する交渉すら介在しないインタビューがぶっ壊れた。

 しかし烏丸はいつもの調子を崩して、珍しく毅然とした表情をしている。


「オイなんだよ今の!!せっかく顔合わせられるチャンスだったろ!?」


「もちょっと話したかった?やっぱファンなんじゃ~ん。」


「違ェよ!!ンであんな宣戦布告みてえなことしたのかって聞いてンだよ!!」


「"みたいな"じゃない。ガチ宣戦布告。」

「見たっしょ?あのリアクション。手元狂ったら動脈刺さるのにあの落ち着き。」

「探偵の勘が騒ぐんだあー。犯人は絶っっ対にアイツ。」


「勘だア...?」


「狙ってた脅しが外れても当たっても、能力者かただ綿密に証拠を消している人殺しのどちらかになるっしょ。多分。」

「いずれにせよ確立された地位を取っ掛かりに金はせびれるからさ。お互い犯罪者とほぼクロだし、警察に頼る選択肢はまずあり得ない。」

「気合い入れなよ。忙しくなるから。」

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