魔ダンテが来る

摩部甲介

第1話

 怪人である魔ダンテには三分以内にやらなければならないことがあった。

 首筋の傷を押さえる。粘ついて、いやな臭い。おれは今、死にかけている。

 兵士の死体の懐からキーを抜き取り、冷蔵装置にかざす。

 唸りと共に装置が変形し、うねる冷気を伴って内部からせり出てきたカプセルを掴み取った。

 首筋がひりついた。

 咄嗟に振り返りながら体を倒れるように前に投げ出す。背中で熱い空気が弾けて痛みが同時にやってくる。

 固い床に体を打ちつけた魔ダンテは背後を見やり、粉微塵に砕けた封印装置と、そこで炸裂した砲弾を飛来させた方向へ続けて顔を向け、バズーカを構える青年兵士を認めた。

 彼が第二射の引金を引ききる寸前に、魔ダンテの吐く徹甲弾が青年の肩を貫いた。

 バズーカを取り落とした青年に、魔ダンテは背中から煙を立ち上らせながらにじり寄り、喉首を鷲掴みにする。

 その手首に己の両手を掛け、青年が口を開いた。

「やめてくれ……これ以上俺達の世界を壊さないでくれ!」

 魔ダンテが言う。

「誰にも迷惑を掛けずにひっそりと生きてきた他人の、幸せを踏みにじって……!」

 彼の手は青年の頸骨を砕き、バズーカを拾い上げる。弾はまだある。


 階段を登って、地下室から一階へ。冷蔵庫を漁っていたやつの死体。金庫をこじ開けようとしたやつの死体。壁に落書きをしていたやつの死体。妻を殺したやつの死体。

 妻は体を拭いて楽な姿勢に横たえ、整えたベッドに寝かせてある。


 焼き払われた庭を跨いで小道にでる。連中の乗ってきた装甲車がひっくり返っていて、もう使い物にならない。

  魔ダンテはカプセルの継ぎ目を捻り、宙へ放った。


 最初は地鳴りだった。

 邸宅を強固に警備する兵士の、あるベテラン兵士の望遠レンズが、遥か地平にうねる砂煙を捉える。それが何か、激しくうねる生物の群れだと理解すると、自然に視点はその中央、軍勢の先頭を向く。

 あっ、とそのベテラン兵士は叫んだ。

 魔ダンテだ。先頭のバッファローにしがみついている。

 とうとう奴がバッファローの群れの封印を解いたのだ。

 群れは邸宅を、その邸宅が見下ろす大都市を、その大都市を守る戦車隊めがけ……。


 バッファローよ、バッファローたちよ。お前たちはあの暗く狭いカプセルの中で何を考えていたのだ。悲しみか?怒りか?おれには考えもつかないような遠い昔、お前たちは匂いに満ちた青々とした草ッ原を自由に走り回り、腹を満たし、いのちを繋いできたのだろう。怒りを知らず、悲しみを知らず。

 おれのわがままをひとつだけ許してくれるなら、この世界をくれてやる。お前たちはこの世界を思うがままに創り直してくれ。


 猛進するバッファローの一頭が戦車に接触する。戦車がまるで紙細工のように回転しながら宙を舞い、後続のバッファローの背の上を跳ねてひしゃげる。怒れる獣は死なない。

 数トンの体重を支える堅牢な蹄が、鋼鉄の暴力を蹂躙する。

 ビルが根本から砕ける。

 人々の悲鳴が呑み込まれていく。

 三分はとうに過ぎている。

 魔ダンテはやもすれば失せそうな己の意識を、砕けていく街々を霞む視界で繋ぎ止めながら、流れ出していく己のいのちを野獣の体を掴む力に注ぎ込み、バッファローの群れは全てをなぎ倒しながら、一直線に仇の下へ進軍する。

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魔ダンテが来る 摩部甲介 @bloodbath13

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