第22話 これだけは私のもの

 深夜、タオは一人、ウォルトの研究所へ入った。セキュリティも何もかも、ウォルトはタオには許していた。それは、この世界でも変わらなかった。


 タオは一人、研究所を稼働させた。タイムマシンを稼働させるには大量の電力が必要だった。だからこそ、この研究室は作られた。


 タオは日付を設定し、透明なその箱の様な機械に入った。電気の急激な稼働の音を聞いて、ウォルトがやってきた。スイッチはもう押してあった。


「タオさん、何をしているんですか!?」


「ウォルトさん…。」


 ウォルトはタイムマシンを緊急停止させようとしたが、もう遅い。


「ウォルトさん、ありがとうございました。この世界のウォン・タァオフウァは貴方にあげます。」


「え?」


 タオが消えるその瞬間、タオは見た。ウォルトの真の笑顔を。気づいていないと思っていたのだろうか。ウォルトがタオに渡すその気持ちがなんであるかを。タオは、父親からの愛情に感じていたけれど。きっと、ウォルト自身も気づいていないその感情を。


 タオは無数の光の中に身を投じた。





 タオが設定したのは、過去だ。ウォルトに誘われ、研究所を訪れるその日にした。


 懐かしくもない研究所を一人飛び出し、タオは走った。タオが一人になるのは、迎えの車をおり、この研究所まで、歩いてくるその時だけであった。


「ウォン・タァオフウァ!」


 タオは、タオと対峙した。過去のタオは大層驚いただろうが、その表情は何も変わらなかった。自分らしい。そうタオは思った。


「ウォン・タァオフウァ、一度しか言わない。今から言う住所のところへ行き、綾羅木春人に助けを乞うんだ。大丈夫、あの家族は私をすべて引き受けてくれる。」


 タオは住所を告げた。過去のタオがひどく驚いていることを未来のタオだけはわかった。


「一度で覚えられただろう。なにせ、私なんだから。」


「なぜ?どうして、そうしなければならないんですか?」


「タイムマシンなど、作ってはいけない。」


 過去のタオはハッとした顔をした。


「それだけで、きっと私には十分なはずだろう。さあ、行くんだ。絶対に、私はウォルト・シュナイダーに会ってはいけないんだ。」


 過去のタオは逡巡した。だが、迷わせている暇はない。


「行くんだ!ウォン・タァオフウァ。そこに、私が欲しかったものがすべてあるから。頼む、急いでくれ。」


 過去のタオは走り出した。それをタオは見届ける。タイムパラドックスに入ったのは3人。タオと、春人と、ウォルト。それは、タオが過去に戻ったから。


 この過去にはタイムマシンはない。タオは戻れない。それは知っている。わかってて、タオは過去に来たのだ。もう未来に行くつもりがないから。タオは、タオに残っている記憶を誰にも渡したくないから。


「桃の香りがする。」


 研究所は山奥にあった。タオはどうするかを決めていた。桃の香りがするのは、花が咲く、前であった。


「バーカ、バーカ。ってきっと貴方はいうのでしょう。」


 その春人に会うために、タオは一人、森の奥へと消えていった。

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