第20話 諦めない
「…過去に戻って、春人さんのワクチン接種を回避します。」
「できる?この国は、ワクチンは国民の義務だったよ。」
「じゃあ、過去に戻って、私が正常なワクチンを作ります。」
「それこそできる?あの頃、君はなんの力も持たなかった。これだけの頭脳を持ちながら君には何の権限も与えられていなかったのに?」
「…。」
「わかったみたいだね。あれには特殊な機械が必要だ。それこそ、僕にしか作れないようなね。そもそもね、僕がワクチンを作ったから3億人もの人が死を免れた世界なんだよ、ここは。合理的に考えて。春人君が発症しても死ぬのは10万人だよ。」
「…なんで春人なの?」
「なんで?さあ。君の隣にいたからじゃない?ああ、そうそう、春人君も最後僕に挨拶していったよ。“申し訳ない”ってさ。本当だよ。まさかこんなことをするとわね!」
タオはウォルトの研究所を出て、泣いた。あの日のウォルトはもういない。
「春人さん。」
「あ、タオさん。ちょうど今ご飯を食べようと…ってどうしたんですか?なんかあったんですか?」
春人は、タオの泣きはらした顔を見て困惑した。
「春人さん、未来の春人さんが死にました。」
「え?」
「旅客機事故で。春人さんの両親には夏休みを使って、私の国に旅行へ行くと言っていったそうです。初めから、こうするつもりだったんですね。」
「そんな!じゃあ俺は、事故を止めることすら放棄したってことですか?」
「そこですか?」
「そこですよ。だって、俺なら事故が起こるとわかっていたら、止めますもん。やっぱり、俺、絶望してたんだ。」
「貴方は気楽ですね。」
「…こんな時に、落ち込んでいたって、何も解決しないですし。」
「自分が死んだんですよ。これで、もうわからない。ウィルスを解毒できたとしても、未来の貴方が死んだ日を超えられるかわからない。」
「俺、多分、走ったと思うんですよね。」
「俺が、原因で何かが起こっている、って気づいた時、多分走ったと思います。とにかく人がいないところに、とにかく走って走ったと思います。誰もいないところまで。即自殺なんてしなかった。だから、未来の僕がいた。」
「…。」
「でも、結局諦めてしまったんですね。僕は。だから、僕は諦めない。どうしようもないその日が来たら、それでも僕は抵抗します。ごめんなさい。でももし、貴方に殺されても、僕は貴方を恨むことはしないです。」
「…最後まで抵抗すると。」
「ゲームも何もかも、諦めたら終わりますから。」
なんて、自分勝手。そう、タオは思う。けれど、好きだ、ともタオは思う、
この人は絶望を知らないだけだ。でもどうしても眩しいのだ。未来の私の側に、春人さんがいたとウォルトは言った。この人の手を私はきっと手に取ったのだ。この人は未来に連れて行ってくれる人だから。その私がひどく羨ましい。だけど、私もまだ、諦められない。そうタオは思った。
「なら、私も諦めません。このウィルスに、私は勝ちます。」
「どうしたんですか。急に。」
「貴方に感化されました。ウォルトさんに私は勝ってみせます。」
ウォルトさん、という響きにまだタオは少し傷ついたけれど。
「ウォルトさんに勝つ?どういうことですか?」
「それは、秘密です。」
タオは花が咲くように笑った。
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