第19話 解明2
タオはその日、研究の結果に震えた。その結果をウォルトに持っていったところだった。
「ウォルトさん。」
「おや、君も聞いたのかい?」
「え?」
「知ったわけじゃないのか。綾羅木春人君が死んだよ。未来の、だけどね。」
「…嘘。」
「本当だよ。」
ウォルトはリモコンを押すと、宙に大きな画像が出た。海に浮かぶバラバラな機体。アナウンサーは冷静に繰り返す。乗客全員の死亡と、この国の志望者が何人で、それが誰かを。画面には「綾羅木春人(17)」の白字が浮かぶ。
「17歳ではないけどね。」
タオは震えていた。
「多分この事故、春人君は知ってて自分から乗ったんだろうね。困ったな。実験を行うつもりだったのに。」
「…実験?」
「未来の自分が過去の自分を殺すとどうなるか。」
「え?」
「それをお願いして連れてきたんだけどなぁ、春人君。」
「貴方は何を言ってるんですか?」
「嘘、わからない?タオさんらしくない。」
「言ってることはわかりますが、なぜ、がわかりません。」
「なぜ?嘘でしょう。僕たちは研究者だよ?知りたいじゃないか、それをするとどうなるかを。」
「そんなことの為に春人さんを?ウィルスの研究のためではなかったんですか。」
「それももちろんあるよ。だけど、合理的に考えてみてよ。あのウィルスは解けない。なら、未来の春人君が過去の春人君を殺せば、僕たちも罪を犯さなくていいし、実験成果も知ることができる。」
「ウィルスが解けない、と言うのは貴方が作ったからですか!?」
「おや、どういうことかな。」
「春人が感染した日がわかりました。ワクチンを打った日です。春人が、コード11のワクチンを打った日。あれは、貴方が作ったワクチンの特殊変異です!」
「正解!よくたどり着いたね。」
「自身が作ったワクチンの特殊変異だと気づいたから、貴方は解けないと最初からいったんですか?過去の自分には勝てないと?」
「はあ?そんなわけないだろう!」
ウォルトは初めて、その笑顔の装甲を解いた。
「元々だよ。元々、誰も解けないウィルスを俺が作ったんだ。綾羅木春人のDNAにだけ反応して作られる細菌兵器を。」
「なんでそんなことを…。」
「なんで?さあ、邪魔だったからかな。」
「何を言ってるかわかりません。」
「ここはな、とっくに世界が変わったんだよ。」
「ウォルトさん、何を言ってるのか、最初から説明してください。」
「最初からねぇ。めんどくさいけれど、じゃあタオさんにもわかるように説明してあげよう。元々、俺はコード11のワクチンなんて作ってなかったんだよ。」
「何を言ってるんですか?貴方はコード11のワクチンを作ってこの研究所の資金を得たのではないですか。」
「そう。それを僕は覚えていない。」
「どういうことです?」
「だって、誰か死んだって別にいいじゃないか。俺は研究さえできればよかったんだから。生物学とかくだらない。俺が興味あるのは、量子力学だけだ。」
「すみません、何を言ってるのかわからないです。」
「わからないなら、最後まで聞いて判断すれば?」
「…はい。」
タオはウォルトの言っていることにも、態度の急変にも何も追いつけなかった。
「元々、作ってなかったんだよ、ワクチンなんて。僕は親のお金で自由に一人で研究できていたし、まあ、親の金と言っても、僕の発明を親名義で発表して作ったかねだから僕の金だけど。」
確か、ウォルトさんの両親も研究者だ。
「コード11なんてどうでもよかった。俺は一人で研究して、時空跳躍できる機械を作ることに成功した。未来や過去と通信ができる機械だ。そしてまず、未来を見た。そしたらさあ、君が量子の時空移動に成功させて、タイムマシンを作って表彰されてたんだよ。あり得ないよね!?僕が解くべき問題だったのに!」
ウォルトは激高していた。タオは今まで見てきたウォルトがわからなくなり混乱していた。
「でね、そんな君の隣にあの綾羅木春人がいたんだよ。」
やっぱり、私は春人さんと生きていたんだ、とぼんやり思う。
「だからね、僕は思ったんだ。量子の時空移動は先に僕が解かなきゃって。そのためにどうすればいいかなって。でも僕は未来や過去を見ることはできても量子移動の謎は解けなかった。だから君を近くにおいていれば僕が先に解けるんじゃないかと思ったんだ。だから、僕は過去の自分にメッセージを送った。ウォン・タァオフウァを助手にして、コード11のワクチンを作るように。そのワクチンは綾羅木春人にだけ特殊変異を起こすように。」
「なぜ、そこで特殊変異を起こすようにしたんですか?」
「だって、僕のことは僕が一番わかってるもの。ただワクチンを作るだけじゃ、物足りないって、僕は動かない。だけど、世界中たった一人に特殊変異をもたらす、となると難易度が上がって僕は動く。春人君を選んだのは君の隣にいたから、ただそれだけだよ。」
「そんな、人をなんだと思ってるんですか?」
「ウジ虫。」
「は?」
「人なんてゴミみたいなものだろ。全員バカで、くだらなくて、使えない。そうだな、君は違うけど、それ以外はゴミだ。コード11で減るくらいでちょうどいいと思っていたよ。」
「そんな…。」
「だけどさ、メッセージを送った直後、僕は変わった。気づいたらこの国で研究所を開いていた。何より、結局、お前が時空移動機を作っていた!!」
ウォルトは机を蹴り飛ばした。
「なんなんだよ!なんで結局お前が量子移動の謎を解いてんだよ!僕が解くべき問題だ!あれは僕の神からの宿題だったんだ!!」
「タイムマシンを作ったのはほとんどウォルトさんですよ!貴方の功績です!」
「俺は解いた覚えがない!なんなんだよ!解けた問題には価値がない!」
「そんな…じゃあ、私を助けてくれたウォルトさんは、一緒に研究したウォルトさんはどこにいったんですか?」
「知るか!そんなこと!」
「…過去を変えると、こうなってしまうの…?」
「まあ結局、春人君をターゲットにしてよかったよ。君にその研究を押し付けられたからな。量子の瞬間移動だけは僕が解く。君には絶対に邪魔させない!」
タイムマシンを発明した数日後、ウォルトさんがおかしかった1日があったことを、タオは思い出していた。そうだ。そこから、ウォルトさんは笑顔を絶やさなくなった。「私が知っているウォルトさん」を私があの日教えたから。
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