第18話 その記憶は自分だけのもの

 その日は朝から雨だった。タオは春人がいつそのウィルスに感染したかを突き止めた日だった。忘れられない日になった。


 その前日、タオは春人に会った。しばらく、旅行にいってきますとのことだった。


「本当に、のんきなものですね。」


「僕は常に、今を生きる男なので。」


「今を生き過ぎでは?今の春人さん、狂ったようにゲームしてますよ。」


「はは。俺らしいや。つくづく羨ましい。少し、話せるかな。」


「今の春人さんですか?お好きにどうぞ。」


 タオはモニターを繋ぐ。


「春人さん、春人さん。」


 相変わらず、春人はゲームをしていた。未来の春人はタオからモニターを奪った。


「おい!綾羅木春人おおおおお!!」


「はい!はい!って、俺?ああ、お久しぶりです?」


「聞いたぞ、ゲームばっかりしてるらしいな。」


「だって、死ぬにしても助かるにしても、今俺がやれることの最大限はこれじゃない?」


「いい人生だな。」


「よくはないだろう。17歳で死ぬかもしれないんだぞ、俺。」


「もっと早くに死んだ奴はたくさんいる。俺のせいで。」


「そういう話ばかりかよ。もっと楽しい話はないの。」


「聞いてどうする。お前にはあげないよ。せめて俺の人生の楽しかったところは。」


「・・・このゲームのラインナップ。食事も何もかも指示したの俺だろう。」


「そうだよ。」


「ありがとう。」


「俺の伝えたいことは伝わってるよな。」


「伝わってるから、こんな必死でゲームしてるんだろう。」


「はは。なら俺もありがとう。」


「ってかさ、俺がお前より早く死んだら、お前どうなるの?」


「さあな、どうなるんだろう。」


「俺さ、ちょっとだけ希望持ってるんだよね。未来の俺がまだ死んでないってことは、もしかしたらタオさんが助けてくれてるのかもしれないって。」


「…だとしたら、俺の3年間がなくなる。」


「なくなる?あ、そうか、未来の俺にとって、過去は今書き換わっていってるのか。」


「それは、嫌だな。最悪だったけど、この3年間は俺のものだ。」


「最悪なものなのに?」


「最初の1年は最高だったんだよ。それに、最悪だったからって手放したいものじゃない。」


「それは、俺にはよくわからない。」


「同じ俺でも、違うってことだな。」


「経験でやっぱり人って変わっていくんだ。」


「そういうこと。じゃあな、過去の俺。その日まで幸せにな。」


「おうよ。」


 そう言って、未来の春人はモニターを切った。


「なんか、別れの挨拶みたいですね。」


 タオは言った。


「あまり過去の俺と話すもんじゃないだろう。」


「矛盾しています。」


「確かに。」


 春人はタオの頭を撫でた。


「何するんですか?」


 その手は払いのけないくせに。


「幸せにな。」


「なんですか。なんか本当に嫌な予感がするんですけれど。」


「明日も来るよ。休みで、研究したいことがあるんだろう。」


「はい。」


「じゃあな。」


 そう言って春人は去っていった。



 翌日、某国行きの旅客機が事故で全員が死んだ。その中に綾羅木春人の名前があった。

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