第17話 タオの変化
感染した日を確認するなんて、簡単にできるものではない。ただ、タオもまた天才であった。ウィルスの性質やここに来てからの彼のウィルスの増加率などから彼女はその日を割り出すことに必死だった。
けれど、春人は両方とも勝手なもんだった。今の春人は暇さえあればゲームに勤しんでいるし、未来の春人は頻繁に夕食の誘いをした。タオは思った。なぜ私だけこんなに必死なのかと。バカらしい、とも思いつつ、夕食の誘いにはのっていた。春人のお母さんの料理はおいしい。何より、全員が温かい。まるで自分も家族の一員になったような気分になる。それが嬉しかったのだ。
「最近、よく出かけているようですね。」
「ウォルトさん、おはようございます。」
「いい目の付け所ですね。感染ルートを探れば確かにヒントがあるかもしれない。」
「ウォルトさんも手伝ってくれませんか。私より貴方の方が生物学に詳しい。」
「申し訳ないですが、その僕が一目見て無理だと認識したんですが…。」
「ウォルトさんらしくない。」
「え?」
「解けない問題こそ、嬉々として解くのがウォルトさんだと思っていたんですが。」
「僕らしいか。ふふ。」
ウォルトは嬉しそうに笑った。
「どうかな。それを詳しく話をするために、ランチなんてどうかな。」
「わかりました。」
「驚いた。てっきり断られると思いました。」
「最近、誰かと食事をする意味を見いだせたんです。ダメでしたか?」
「…いや、うれしいよ。僕はいつもランチは自分の研究室で食べるからタオさんも来るといい。」
「わかりました。」
ウォルトは一切天使のような笑顔を変えなかったが、持っていた資料を握りつぶしていた。
ウォルトとタオのランチは思いのほか盛り上がった。
「今日はいい天気ですね。」
ウォルトはタオが研究以外の話をすることに驚いた。
「そうですね。」
「たまには、散歩などされてはどうですか。」
「知らなかったかい?僕は結構散歩をするんだ。自然の中を歩くことは脳にいい影響を与えることが研究で明らかになっている。」
「合理的な散歩、というわけですね。」
タオが笑った。ずっと人形のようだったタオがウォルトの前で。
「私は感謝しているんです、ウォルトさん。」
「突然どうしたんですか?」
「ウォルトさんが見つけてくれなかったら、私、ずっとあの狭い世界で孤独でしたから。研究を与えてくれて、居場所をくれて、感謝しています。」
「その僕は今、君に無理難題を研究させているんですけれどね。」
「ふふ。確かに。」
「僕はね、タオさん。」
「はい。」
「生物学より、量子力学の方が好きなんだよ。量子力学にはロマンがある。」
「ロマン。ウォルトさんの口から聞くとなんか不思議な気持ちになりますね。」
「ひどいなぁ。」
「申し訳ありません。確かに量子力学にはまだまだ謎が多いですね。」
「タイムマシン、瞬間移動、それを作るより、人間を不老不死にする方がよほど難題ですからね。」
「それが、生物学を極めた感想ですか。」
「え、ああ、なるほど、そうかもしれませんね。」
「気づいてなかったんですか。」
「恥ずかしながら。」
「対話って、意外といいものかもしれませんよ。予期せぬ研究のヒントがもらえるもしれません。感染ルートを調べるのも春人さんが言わないと気づきませんでした。」
「春人さん。」
ウォルトの食事の手が止まる。
「本当に不思議な人です。知ってます?現在の春人さん、朝から晩までずーっとゲームしてるんですよ。死ぬかもしれないなら後悔しないようにする!って。私にはない発想です。でも、私も思ったんです。1年後に死ぬとしても、私はたぶん、研究をするなって。」
「…タオさん、変りましたね。」
「それはいい方に?悪い方に?」
「変化の良し悪しは経過観察が必要です。」
「ウォルトさんらしい。」
タオも笑い、ウォルトは変わらず笑顔のままだった。
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