第15話 その香りは

 春人の家族は、温かかった。


「お腹大丈夫?まさかタオさんあんな食べると思わなかった。」


「全部、全部おいしかったです。酢豚も、麻婆豆腐もあと、あれなんでしたっけ?」


「豚の生姜焼き。」


「そうそれも!」


「お母さんがタオが肉が好きって気づいてから、肉三昧だったな。はい。早く食べないと溶けるよ。」


 そういって、オレンジのアイスバーをタオに差し出す。家を後にした後、食べ過ぎたから散歩をしようと言い出したのは春人だ。


「食べすぎなのに、まだ食べさせるの?」


「甘いものは別腹って、よく言ってたよ。」


「…おいしい。」


 そういうと春人は殊更優しい笑みを浮かべた。いつもそうだった。この春人は、最初にタオにあってから、視線が優しいのだ。


 多分、春人の人生で、私たち二人は恋人同士だったんだ。


 とタオは思う。最初の違和感は未来から来た春人の視線だった。初めは信じられなかった。春人のどこに惹かれたのか全く分からなかったから。でもこっちの春人に会ってから、なんとなくわかりだした。春人はタオの美しさをあまり気にしない。友人のように話しかけてくるのだ。そんな男、今までいなかった。


「タオさん、溶けちゃうよ。」


 慌ててタオはアイスに被りつく。


「もう、すっかり夏だな。」


「そうですね。」


 タオは春人を失いたくないと思い始めた。


「春人さん。」


「なんですか?」


「なんでもいいんです、何か、ないですか。発症した原因とか、発症前に何か熱がでたとか。」


「思い出したくないんだけどな。」


「なんでもいいんです。何か一つでも。」


 春人は桃のシャーベットに薄いスプーンを刺した。


「…桃の香り。」


「桃の香り?」


「そうだ、発症前に桃の香りしたんだ。強く。てっきりタオさんが何か買ってきたのかと。」


「なんで、私の名前がでてくるんです?」


「だって、タオさんの名前のタァオフウァ、って桃の花って、意味だろう?俺それから、桃の香りが好きになって、よく桃の匂いのものを買っちゃうようになったから。」


 もう季節はすっかり夏であった。



 春人は春人のことを考えていた。春人の絶望を。あの絶望は本物だった。考えてみる。自分のせいでみんなが死んでいく状態を。嫌だ、そんな気持ちくらいは出てくるけれど、絶望とまではいかなかった。想像がつかないからだ。


 初めて、自分の死について考えた。それも同じくらい嫌だった。でも、発症するくらいなら死ねと、他でもない自分自身に言われた。


 初めて未来が怖くなった。死ぬことなど、バカみたいに考えたことなかった。まだ17歳だし、そろそろ大学をどこにしようか考えたりしていたし、大学生になったら、ゲームの動画投稿でもしてみようと思ったりぼんやり考えていた。幸せな未来しか今の今まで春人になかった。それが、叶わないなら。


 自分が死ななければ、何十万人の人が死にます。


 そういわれて、死を選べる人はこの世にどのくらいいるのだろうか。


 

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