第9話 タオは美しい

 その日は休日だったので、朝から春人が研究所を訪れていた。何をするわけでもなく、ニコニコをタオの研究している姿を見ている。タオはその視線に耐えかねた。


「もう今日、貴方にしていただくことはありませんが。」


「いやー、今日もタオさんは綺麗だなと思って。」


「後ろ姿しか見えてないと思いますが。」


「それでもわかるくらいタオさんは綺麗ですから。」


「私、自分の美しさとかになんの価値も見出してないの。」


「だから言うんですよ。美しさもタオさんの一部ですから。」


「非合理。」


「美しさに合理も非合理もないですよ。ささ、研究続けてください。」


 タオとウォルトは脳は似ているが、性格は真逆に近いかもしれない。ウォルトは幼いころから神童ともてはやされ、親はなんでも言うことを聞いていたようだ。一方タオは神童と煙たがられ、両親にも気味悪がられ、小学校でもいじめに合い、中学に行っていない。一人で色々と学び、大学に飛び級した際、ウォルトに見込まれて研究員になっていた。

 タオは全面的な愛情というものを受けたことがなかった。研究心と探求心だタオの動力だ。


「無理しないでくださいね。」


「…毎回そう言いますね。」


「だって、俺がここに連れてこられた理由、俺、ちゃんとわかってますから。タオさんが無理して体壊す方が俺は嫌です。」


「貴方と話していると調子狂うのよ!」


 タオは感情をだした。


「何なの貴方。勝手に閉じ込めても笑って受け入れるし、今も自分のウィルスの研究より私を優先する!なんで他人優先するのよ。意味わかんない。」


「そういう人もいますよ。」


「いないわよ。ここまで他人優先な人、貴方が初めてよ!」


 春人は笑った。ひどく優しく。


「そっか。だからか。」


「だからって何よ!」


「秘密。もう君にわかってほしくないから。」


「何それ!私はわからない、ってのが一番嫌いなのよ!」


「なるほど。だから研究者だ。」


「もう…力が抜けるわ。」


「いいね。そうやって、リラックスして。」


「リラックスってのはα波が優位にたつことよ!私は今興奮しているの。」


「そうなんだ。面白い。」


 面白くない!とタオは言い返せなかった。この会話は非合理だ。実に建設的ではない。おとなしく研究に戻る方がいいと判断した。


「タオさん。」


「…。」


「いいんですよ。俺にはとっくに生きる資格なんて、ないんですから。」


 タオは手を止める。けれど何もいわなかった。私は、研究の成果が出ないならば、春人を殺すという合理的な判断を支持している。

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