第5話 綾羅木春人は二人いる

 ウォルト研究所。各国の名だたる研究者が集まるこの研究所はウォルトの膨大な財産で運営されている。


 ウォルトは天才の枠に収まらないほどの天才であった。彼の頭脳は幼い頃からいかんなく発揮され、それは医学の分野にとどまらずおよそ10歳で彼の特許は100を超えていた。さらには世界を脅かしたウィルス「コード11」のワクチンまで作ってしまったのだから彼の資産は兆を軽く超えている。


 それを彼は「予算がなくて研究ができない」人々に分け与えている。ここでは彼は完全に神様扱いだった。もっとも彼の頭脳は神と形容するにふさわしい。彼が通るたびに、それなりの名だたる研究者が皆頭を下げるくらいだ。


「研究はどうですか、タオさん。」


 ウォルトはその笑顔を誰にでも与える。


「かなり難航しています。」


 タオは表情を変えずに言った。


「これを解決できれば、僕を超えられますよ、タオさん。」

「恐れ多いことです。」

「ふふ。僕も頑張ってみるよ。ちゃんとご飯は食べているかい?」

「そんなご心配不要です。」

「被検体にはちゃんとご飯をあげているのに、研究者が不養生ではこまりますから。」

「ありがとうございます。」

「いえいえ。」


 タオは、春人のウィルスを研究していた。恐ろしいウィルスだ。何せ今現在全くその姿が確認できない。これをどう対処すればいいかなんて全くの未知数だ。


 深夜2時を回ったところで、ようやくもう一人の被検体が帰ってきた。


「遅くなりました。」

「遅すぎます。迎えのものが2時間以上待ったんです。」

「いや、俺があまりにもお母さんに会えたことを喜ぶもんだから、お母さんが心配してしまって。」

「まさか。何も言ってないでしょうね。」

「聞いていらっしゃるでしょう?」

「まあ、それはそうなんですが。」


 タオは珍しく狼狽した。


「絶対に言わないですし、タオさんも無理しないでくださいね。」

「自分が助かるかもしれないのに、そんなことをいうんですね。」

「俺はもう一度家族との時間を持てただけで十分なんです。」


そうやって笑う男は綾羅木春人であった。





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