第20話 マイカはベアトリスに驚く

『スキル<冒険者流剣術><王宮剣術><喧嘩剣術>が献上されました』


 一つ目の異変――聞こえてきた声は、マイカが

『ちょっと煩いな』

と思った途端に消えた。


 そしてもう一つの異変は――うなじに、寒気が奔った。

 ぞわりと、産毛を逆立てるようにして。


(!!)


 マイカは振り向いた。ちょうどベアトリスが、自分の順番を迎えるところだった。ふわふわとした髪を紐でまとめている。違和感は、その手付きと、木剣を手にして試験官の前に出る足取りの速やかさ。


「――行きます」


 試験官は、見てたのだろう。ベアトリスの手から滑り落ちる木剣を。そこに、目を奪われていたのだろう。その間に懐に飛び込んできた彼女の姿など、全く見えては――いや、見てはいなかったのだろう。


「噴っ!」


 少女らしからぬ鋭い呼気。

 そして肋に突き刺さる肘打ち。


 試験官が気付いたのは、どちらが先だっただろう?


「うがががっ!」


 続けて耳孔を狙ってきた掌底を、試験官は仰け反って避けた。しかし顎先を掠られて、どんより視界が歪む。今度は正面から顎を叩きに来る掌――自分の腰までしかない少女の小さな手の平を避けることすら出来ず、真上に打ち上げられ、宙で回転し、次の瞬間、頭のてっぺんから地面に突き刺さっていた。


 意識を失う直前に見たのは、自分の顔の上で持ち上げられた、少女の靴。小さい靴。あれが自分の眉間を踏み砕くのだろうと頭に浮かんだのと同時に、視界全部を塞いで、白と黒と紫が入り混じったもやもやが広がっていった。試験官――名前はバックル――は思う。これは、死神なのだと。この世に現れた死神を、人間はこんな風にもやもやとしたものとしてしか見ることが出来ないのだと。


 そして意識を失った彼が見ることは無かった。彼と少女の間に割って入った同僚を。掴んで留めようとした別の同僚の手を、少女がバックステップで避けたこと。そして聞くことはなかった――


「シャァああああッッッ!!」


――勝利してなお意識を戦場に残す、少女の咆哮を。


 目が覚めた時、同僚が彼に言った。


「バックル。あんた負けたよ」



 何が何だか分からない。

 それが、マイカの感想だった。


 ベアトリスが木剣を捨てて試験官に近付き、ぱんぱんぱんと三回叩いたと思ったら、後ろに円を描くように試験官が跳んで、頭から地面に落ちた。


 試験官が、一方的に叩きのめされてしまったのである。


 その後、ベアトリスの咆哮に怯えて泣き出す子供が出たりして一時騒然となりはしたものの、それほど時間を置かず試験は再開され、次の走力試験に移るのもすぐだった。


 それが終わったら、休憩を挟んで、今日最後の科目となる魔術の試験だ。


 休憩時間には、それまで引き離されてたお供の者と話すことが出来る。エムジィに話を聞いて、マイカはベアトリスのあの不可解な強さの理由が分かったような気がした。


「ベアトリス嬢は、ハードゲイナーのようです」

「何ですかそれ?」

「いくら食べても太れない体質の持ち主のことです。ベアトリス嬢は生まれつき体が小さく、成長して背は伸びましたが痩せているのは変わらず――季節の変わり目に具合を悪くすることも多かったそうです。しかし、決して食が細いわけではなかったのだとか」


 ベアトリスの父親は考えた。このままでは、嫁の貰い手が無い。だが、身体の具合を悪くしてるのが病気以外の理由であったとしたらどうだろう?


「そこで、ベアトリス嬢に武術を習わせ始めたそうなのです」

「それは、身体を強くするため……だけではないですよね? この流れだと」


 ベアトリスが武術を習うことになった理由。それは父親の考え――同じ身体の具合を悪くするにしても、武術の稽古に熱中し過ぎたのが原因ということにした方が、病弱と思われるよりまだマシなのではないだろうか? という思いつきからだった。


「どこがというより最初から最後までまんべんなく間違ってるとは思うんですけど――絶対に間違ってると思うんですけど……どうしてベアトリスちゃんは、あんなに強くなっちゃったんですか? っていうか既に病弱じゃないですよね?」


「その通りです。最初に言いました通り、ベアトリス嬢は病弱なのではなくハードゲイナーだったのです。ハードゲイナーとは太ることの出来ない体質。摂取した栄養が脂肪として蓄えられることなく消費されてしまうのです。脂肪が少なければ、当然、風邪をひくなどして体調を悪くすることも多くなります。しかし病弱というのとは違います。栄養を余すことなく使い切る、むしろ非常に健康的な体質ともいえるでしょう。そこへ病弱を補うための滋味豊かな食事と武術の稽古が加わったら……」


「あ……そういえば」


 あのベアトリスの身体の細さは、痩せているのではなく筋肉で引き締まっているからなのだとしたら?


「ある程度以上の体重の持ち主は、どれだけ筋肉を身に纏ったところで素早く動くことが出来ません。その逆に体重が軽ければ、少し筋肉を増やしただけで格段に運動能力を向上させることが出来ます。ベアトリス嬢の場合も、体重に比して多目となっている筋肉が技の習得を助けたのではないでしょうか」


 そんなエムジィの説明に頷きながら(それにしても、剣術の試験で殴るってありなの?)と今更なことを思うマイカであった。


 剣術試験で騒ぎを起こした後、ベアトリスはどこかに連れていかれてしまって、走力試験の時も戻ってこなかった。休憩時間にも、その後の魔術の試験が始まっても。


 結局、ベアトリスとは話せないまま、その日は終わってしまった。


 マイカは思う。


 もしベアトリスが魔術の試験に顔を出していたら、少しは気を楽にしてくれただろうかと。


 何故なら……


 魔術の試験で、ベアトリスと同様、マイカもまたやらかしてしまったからだった。


 思わずトレンタが、


「あ……しまった」


と漏らしたその直後に。



 ちょっとざわついた気持ちのまま、マイカは魔術の試験に臨んだ。


 試験は、水魔法でコップに水を出すか、もしくは火、風、雷魔法のいずれかで的を撃つか。このどちらかを選んで実演すれば良い。


 これは貴族平民問わず、子供に魔法を覚えさせようとしたら、まずこのどちらかを練習させるからだ。


 子供レベルでは、当然実用性は望めない。だが水を出せれば大人に褒められるし、的を射つのは単純に楽しい。これから魔法を習い始める子供には、どちらも大事なことだった。


 マイカはといえば、水魔法を練習させられてた派だった。一応、火魔法や風魔法も習ってやってみた記憶はあるのだが、結果は憶えていない。きっと何も出なかったか、子供レベルでもお話にならないしょぼい魔法しか出せなかったのだろう。


 と、そんなところがマイカの自己認識で、自分の水魔法以外の魔法なんてその程度のものなのだろうと、そう身の程を弁えているつもりだったのだが――


(私も……火魔法とか、やっちゃおうかな)


 自分より先に試験を受けてる子供達の、まあ子供ならこの程度でしょうってレベルの魔法を。そして的の表面にはたかれた石灰が、しょぼい魔法なりのしょぼい威力でちょっと動いて模様が出来たくらいで大喜びしている子供達の様子を見ているうちに。


(これなら……いくら私の火魔法がしょぼくても恥ずかしくないし、もしかしたら火魔法、上手く出来ちゃったりするかもしれないし……)


 と、小狡い考えが浮かんできたのだった。


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