第19話 マイカは豚兄貴の心を覗く

『テーマからすると、作文能力よりも心の状態を測るのが目的か。家族との関係。それが心の成長にどんな影響をもたらしているか? 加えて、家族と家族以外の人間との区別をどのように付けているかってあたりか――よし。想定内だ。出来た……いや、しかしこれでいいのか? そうだ。これでは駄目た。足りないっ――しまった! これでは、大事なことが入ってないじゃないか!』


 そんなトッティの心の声に。


「足りないって何かな?」

「何だろうね?」


 と、マイカとトレンタは首を傾げた――と、トッティの思考の勢いに、そのくらいには巻き込まれてしまっていた。


『足りない! 入れ忘れた――子供らしさを! これでは、しっかりし過ぎている! 僕の父親が、男女問わず何人もの妾を囲っていることは王都中に知れ渡っているし、それをここの教員達が知らない訳もない。そこに来て、この子供らしくなくしっかりした文章! 関連付けて考えられてしまうのは間違いない。荒涼とした家庭環境から自分の心を護るべく賢しさの砦に引きこもった子供と――憐れまれたりしたら最悪だ! 恥辱! 屈辱! ああ。なんて恥ずかしい!』


「………」

「………」


 しばらく二人して言葉を失った後、トッティのこの魂の絶叫について、トレンタはこう評した。


「そんな風に悩むこと自体が子供っぽいんだけどね」


 マイカも、ずいぶんと気が楽になって――


「……両親は亡くなりましたが、父の優しさと母の闊達さは、きっと私の中で生き続け、人生を漕ぎ進むための櫂となってくれるに違いないと信じています。既にお国のために働いている兄と姉の背中に倣い、私も自分が出来ることを見つけて、精一杯の努力をしたいと思います」


――とまあ、そんなことも思ってはいないではないかもくらいのことをサラサラと書き綴って、試験を終えた。


 筆記試験が終われば、外の運動場に出ての実技試験だ。


 まずは、剣術。


 間隔を開けて五人並んだ試験官達の前に、同じく五列で並んだ子供達が木剣で挑んでいく。


 まずは子供に二十秒ほど好きに打たせて、それから試験官が軽く反撃して終わり。試験官の木剣には何重にも布が巻かれていて、打ち込むのも軽くだから、当たっても痛くはないはずだ。それでも、怖くなってまだ列に並んでいるうちから泣き出す子供が何人も出た。


 マイカはといえば、


(あの時とはずいぶん違うなあ……)


なんて、ぼんやり思っている。


 あの時とは、王都に来る旅の途中であった、盗賊と冒険者達の激闘のこと。ふと、リンザの顔が思い出された。エムジィとは、また会えただろうか?


(後でエムジィさんにきいてみよう)


 たずねた途端、顔を赤くされたりしたら困ってしまうけど――なんて考えていたら。


「マイカさん……マイカさん」


 声は、斜め前からだった。

 隣の列の、三人前。


 そこから自分を呼ぶ人を見て、マイカも声を上げた。


「あ! あなたはベアトリスちゃん!」


『ベアトリス?』『誰だ?』『そんな奴どこに出てきた?』と思われるかもしれないが、当然である。彼女が物語の中で名前を呼ばれるのは、これが初めてなのだから。


 昨夜のパーティーでマイカが紹介された『マイカと同じ学園に入学するという少女』というのが、彼女――ベアトリス=フォン=ヨワービなのであった。


 ちなみに、ベアトリスが『マイカさん・・』なのに対して、マイカは『ベアトリスちゃん・・・』。これは、マイカがベアトリスのことを下に見たりしているからではない。昨夜、会話しながらベアトリスの様子を伺っているうちに、『さん』より『ちゃん』付けで呼ばれた時の方が、ベアトリスが心地よさそうにしてると気付いたからであった。


 ベアトリスの背丈はマイカと同じくらいだが、体つきはマイカや同年代の少女達に比べてひと回り小さく痩せて見える。まるで体の表面を、全身均等に削り取ったみたいに。


『が・ん・ば・っ・て』


 自分より先に順番が来るだろうベアトリスに、マイカが口をぱくぱくさせて激励すると、


『マ・イ・カ・さ・ん・も・ね』


と、ベアトリスも返す。小さな手で小さな胸を抑える姿はふわふわした髪と相まって、儚げな可憐さを醸し出していた。そんなベアトリスを見ながら、男性というのは、こういう娘を護ってやりたいと思ったりするんだろうなあと、自分が可愛げのないガキでありこのまま行っても可愛げのない女になるだけだと気付くまで、あともうちょっとのマイカは思うのだった。


 さて――マイカの隣の列で、マイカより三人前にいるベアトリス。


 当然、マイカより彼女の方が先に試験の順番を迎えるはずなのだが、それが怪しくなってきた。何故ならベアトリスの二人前に――


「んじゃ、行きま~す」


――と、やる気のない声を出しながらも心の中では、


『相手が自分より強くても、絶対に勝てないと分かっていても――最初から負けるつもりで挑むだなんて、それだけは許されない! それを許してしまったら僕は……僕は、ただの嫌味なデブになってしまう!』


と、ひたすら暑苦しい叫びを上げてる人がいた。


 未来の『豚将軍』――トッティである。


 初対面のマイカにニヤニヤ話しかけてきた、印象としては嫌味な豚面のデブでしかない彼だが、筆記試験中に放っていた心の声からも分かる通り、クール気取りな韜晦で糊塗しようとはしているものの、実際は何事にも全力を尽くさねば――いや、全力を尽くしてもなお、自分自身から何かを絞り出さねば気の済まない、ホットな精神の持ち主だった。


 なお、この心の叫びは、


「ねえ、聞いて聞いてマイカ! やっぱりこの子、面白~い」


というわけで、マイカにも中継されている。


「………」


 ちゃらけたトッティの態度に何を思ったか、試験官の顔から、すっと表情が消えた。


「こっちも覗いてみようよ(笑)」


 悪趣味にトレンタがはしゃいで、試験官の心の声も聞こえるようになった。


『トッティって言ったか……こいつ、態度はふざけているがマジだ。顔はヘラヘラしているが、それ以外は真剣そのもの! まるで悪魔にでも向かっていくような悲壮感ってやつすら感じさせる!!』


『行くぞ! まずはこれだ!』


『うおぅ! こいつ、ガキの癖になんて汚い技を使いやがる! すねを斬りに来たと思ったら、金玉に頭突き!?』


『くっ! 避けられた。だったら――』


『今度は頭突きの勢いで回転斬り!? そんな太い胴体でよくやる!』


『ぐっ!! 首を掴んで転がされた! 起きなきゃ!! 試験を止められてしまう!』


『くっ。起き上がってきやがる。なんて根性のあるガキだ』


『僕には! まだ! この人にぶつけてない技があるんだ!!』


 と、心の中を覗いてみれば熱気ほとばしる真剣なバトルが繰り広げられているわけだが、ビジュアル的には、太った少年が試験官の足元でゴロゴロ転がされては立ち上がり、転がされては立ち上がりを延々繰り返してるだけだった。


 その間、他の列では淡々と試験が進み、マイカも淡々と自分の順番を迎え、淡々と試験を終えた。


 実はトッティの激闘を見てるうちに、というかキマり過ぎて芝居がかったとすら言える心の声を聞くうちに、自分も何かやってみたくなったのだが、ダッカス邸で読んだ物語の主人公が使っていた『飛燕三段霞斬り』の構えをとったとたん「ええぇ……」と試験官がげんなりした顔になったので「え~い」と空気を読んで普通に斬りかかることにした。


 三回正面から斬りかかったら、

「真っ直ぐだけ?」

ときかれたので、

「えい! えい!」

今度は横向きに二回斬ったら、

「はい。終わり~」

「ありがとうございました~」

というわけで、無事マイカは試験を終えた者の列にてこてこ向かったのだった。


 ところで、おかしなことが二つあった。


 一つは、こんな声が聞こえてきたこと。


『スキル<冒険者流剣術><王宮剣術><喧嘩剣術>が献上されました』


 そしてもう一つは――


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