学園編
第18話 マイカは試験に挑む
翌朝、やけにすっきりと目覚めてマイカは馬車に乗った。
今日は、入学前試験の日だ。
学園の寮に入るまでは、宿で過ごすことになっている。
ドニィの屋敷に泊まる案もあったが、それはエムジィの「止めた方がいいでしょう」とのアドバイスで却下になった。それでよかったんじゃないかとマイカは思う。ドニィも、きっとほっとしたに違いないと。
あの大きな屋敷には、別にずっとそこに住むわけでもない妹には見せたくないものが沢山あるに違いない。ドニィのような男性なら、きっとそうに違いないとマイカは思う。ドニィのような男性とはどんな男性かと聞かれたら困ってしまうのだけど、とにかく、そういう、ドニィみたいな男は、きっとそうなのだ。
学園に着くと、同じ試験を受けるのだろう子供たちと、そのお伴の姿が。
『じゃあね。フラニー、アジャイル。ありがとう』
『帰りは何時頃になりますか?』
『お昼までには終わるって、エムジィさんが言ってた』
『無理しないでくださいね。マイカさんがとっても良い子なのは、私たちが知ってるんですから』
『うん。ほどほどに頑張るよ。またあとでね――行ってきます!!』
『『いってらっしゃ~い』』
王都までの旅上。盗賊に襲われボロボロになった馬車は次の街で新しくされたが、それを引く馬は変わらなかった。王都についてからの移動も、旅用から街用の馬車に変わっただけで、引くのはやはりフラニーとアジャイルのままだ。もとからマイカになついてた二頭だったが、言葉が通じるようになってからはそれが加速して、もっと仲良しになっている。
受付を済ませて控室に案内されると、先客はもっと増えていた。ここでいったん、お供と――マイカの場合はエムジィと――別れることになる。
入学前試験を受ける子供達は、みんな貴族の子弟だ。
王都の学園は、大きく二種類に分かれる。ひとつは、貴族の子弟だけが入学出来る学園。もうひとつが、貴族だけでなく平民も通うことが出来る学園だ。
マイカが入学する学園は、後者だった。だが同じ入学するにしても、平民には入学試験がある。しかし貴族にはない。入学の意思と寄付の金額を伝えるだけで手続きは終わる。
貴族にも入学試験を受ける必要が生じるのは前者――貴族しか入学出来ない学園だ。それも上等とされる何校かだけだった。
控え室は教室で、どうやら初学年の教室らしい。マイカも、自分の名前を書いた札が置かれた、普通よりずっと小さな机に着いた。
すると、すぐだった。
隣の席の、まるまると太った男の子が声をかけてきた。
「ねえ。君はどっちだい? 頭が悪いの? それとも親が変な考えに染まってて、それで君をこの学園に入れたの?」
さて――マイカは、ちょっと考えた。
ある程度以上の地位にある貴族は、子弟を貴族だけの、しかも上等な学園に入学させようとする。実際の意思より優先して、そうするのが普通と考えられている。しかし上等な学校に入るには、試験に合格する必要がある。当然、不合格になる者も出てくる。
となると、親が偉い貴族なのに上等な学園に通ってないというのは、つまり
そういった学園に子弟を入学させることで『決して優秀でないわけではないのだが、多様な階層の人間と接することで見識を高めさせるため』という申し開きを立てられるというわけだった。
男の子が言った『頭が悪いから』というのは、そういう意味だろう。
そして頭の善し悪しとは関係なく、親が『多様な階層の人間と接することで見識を高めさせる』という考えを
『変な考えに染まってて』とは、そういう意味だった。
さて――自分はどちらだろう?
どう答えるかは別として、マイカは考えた。
しかし、マイカが答えを出す前に男の子が――
「僕の場合は、親が変な考えに染まっていてね。そして、そんな親の子供だから頭も悪い。つまり、両方というわけさ」
――と言ってゲハゲハ笑った。
どうやら、最初からそういうオチありきの冗談だったらしい。
だが男の子の話が一面の真実をついているのも確かだった。入学に際し、貴族の子供は能力を問われない。だから、とんでもない低能も入ってくる。その逆で、能力と無関係にここへ来させられた、もしかしたらとんでもなく優秀かもしれない子供も。この入学前試験には、玉石混交の子供たち、というよりはその親に、自分の子供がどの程度のものか弁えさせ、過大評価や過小評価を正す機会を与えるという目的もあるのかもしれなかった。
男の子が、手を差し出してきた。
「僕はトッティ=フォン=マクダニエル。『トト』と呼んでくれていい――よろしく」
その手を、マイカは握り返す。
手の平がじっとり湿ってるのが気になったが、顔には出さず微笑んで見せた。
「マイカ=フォン=ブリバリーノです。よろしく」
しかし『マイカ』と呼ぶことは、許可しなかった。
少なくとも、明示的には。
このトッティという少年が、その外見と親分肌から『豚の兄貴』と周囲の子供達に慕われ、また優秀な成績でエリート街道を驀進し、長じて『豚将軍トッティ』と周辺諸国に恐れられるようになるとは、マイカはもちろん、他の誰にも預かり知らぬことであった。
そしてマイカの手を握ったこのほんの数秒を『我が人生最高の時』として、その生涯を終える日まで周囲に語り続けることも。ちなみにマイカが彼を『トト』と呼んだことは、今日のこの時点から分岐するいかなる世界線においても、一度も無かった。
マイカが控室に入ってから試験が始まるまで、30分程。
その間に、控室を出て行った子供達が何人かいた。
今日は剣術などの激しく体を動かす試験もあるのだが、更衣室は用意されていない。そのため、あらかじめ運動に適した服装で来校するようにとの通達があった。なのにそれを守らず華美な服装で来校した子供達。
それから、いきなり知らない子供達の間に放り込まれたことで不安になって、泣き出したり粗相をしてしまった子供達。
(これも、試験の一部なんだろうな)
と、マイカは考える。それぞれのご家庭でどの程度仕上げてきたのかを見るのも試験の目的なのだろう。
時間が来て、控室から試験会場に移動させられたのだが、単に別の教室に移っただけだった。試験場に入ると、さっき教室を出て行った子供達の、ほとんどがそこにいた。
試験が始まった。
計算と書き取り。
どちらも、マイカには簡単すぎる問題ばかりだった。
しかし――
「どうかした? 君を悩ませるようなレベルの問題は無いはずだけど」
と、トレンタが首を傾げる。
トレンタは、マイカにしか見えない&聞こえないモードになっている。他の子供達に対してフェアじゃなくなるから試験場では話しかけないで――とマイカはお願いしていたのだが、ついつい返事をしてしまった。
「最後の問題が……ちょっと」
最後の問題――それは。
「ああ。これか――『両親について書きなさい』」
それは、テーマを指定した作文だった。
作文能力ではなく、問題にある作文のテーマが、マイカには障害となっていた。
「お父様について……作文に書けるほど、思い出がない」
質的にではなく、量的に。
「お母様については…………作文に書けるような、思い出がない」
逆にこちらは、量的にでなく質的に。
どうしたものか頭を悩ませながら横目で見ると、そこではさっき会話を交わした少年――トッティが、猛烈な勢いでペンを奔らせていた。
「よし。彼の考えてることを覗いてみよう」
と、トレンタ。
「え!? そんなことしていいの?」
「出来るよ?」
「いや、出来る出来ないじゃなくて、やって許されることなの? それは」
「うふふふふふ」
含み笑いでごまかして、トレンタが前足をトッティに向けて上げた――すると。
『ぼんやりしたテーマに加えて文字数の指定は無し。中途半端にアタマの良い奴にはさぞやり辛いだろうけど――』
トッティの思考が音となって伝わって来た。
『――でもあいにく、想定内だ!』
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