第16話 マイカは王都に着く
予想通り、二時間弱といったところで。
盗賊のアジトを捜索に行ったリンザの部下達が戻ってきた。
いま出発すれば、日が落ちるまでに次の街に着くかといった時間だ。
今夜は野営という選択も出来たが、負傷者を搬送する馬車群と一緒に、マイカ達も次の街へと向かうことにした。
「それが……戦利品。というか報酬ですか?」
「ええ。太古の生物が、永い時を経て石となったものです」
馬車の向かいの席で答えたのは、フルプレートの女性――ラミアだ。その隣にはエムジィ。リンザは残った調査と捕らえた盗賊の護送のため、襲撃現場に残った。その代わりにラミアが、リンザの指名で護衛についたというわけだった。
それについて、マイカに抵抗はなかった。次の次の街あたりでリンザが戻るのか。それとも、
『嬢ちゃんとは、またすぐ会うことになるだろうさ。オレの勘はよく当たるんだ。じゃあなエムジィ――お前ともだ』
●
結局、旅の終わりまでリンザは戻らなかった。
王都までの残りの八日間。
大きなトラブルもなく、道中のほとんどは――
「そこでアリシアが、不敵な笑みを浮かべて言った。『ふふふ……ならば喰らうがよい。我が必殺の邪炎黒龍熱波エクストリームスマッシュを!』」
「そ、それはどういう技なんですか!?」
「ボールが火を噴きながら飛んでいって、相手のラケットを灰にします」
「ではラケットで受けなかったら?」
「相手の顔に当たって火傷させます」
「「恐ろしい技ですね!!」だな!!」
――と、基本的に無口だが意外と話し好きなラミアの語る物語を聞いて過ごすこととなった。
ここまで旅した土地々々で流行っていた物語を聞き読み集めたとのことで、どの話も面白く中にはマイカも知ってる物語もあったのだが、ラミアが語ると特に詳細な部分の描写が優れていて『もしかしたら、この人こそがこの物語の作者なのではないだろうか?』と思わされる程、説得力に違いがあるのだった。
ジャンルも多岐にわたり、たとえば『魔法が未発達な異世界に召喚された少年剣士が、剣士なのに魔導師として大活躍する』物語も面白かったが、いま聞かせてくれている『大魔導師に育てられた貴族のご落胤の少女が、父の創立した学園に入学し、習い憶えた魔術を使ってあらゆるスポーツで大活躍する』物語も負けてなかった。
「ありがとう! とっても助かりました~~!!」
そろそろ王都が見えてくる辺りで、獣人たちと別れた。
三日目以降、彼らは馬車と付かず離れずの位置を走ってマイカ達を護ってくれていた。街に近付けば離れ、街を離れればまた近付いてくる。それを繰り返して、王都近くまで着いて来てくれたのだった。
「「「おお! ありがたきお言葉~~~~!」」」
跪き、馬車を見送りながら天を仰ぐ獣人達。コボルトやオーク。途中で合流してきた鳥や兎の獣人の姿もあった。
「「「天に感謝します!! 黄金の少女マイカと出会えた幸運を!! 彼女の側で仕えた日々の幸福を!!」」」
マイカも、馬車から身を乗り出して手を振った。
「またどこかでお会いしましょ~~」
獣人達は、もう涙声になっていた。
「我らは忘れません! その黄金の髪を! 優しき笑みを! そしてあなたの献身を! マイカ~~~~!」
「「「うんこ!!!!」」」
「マイカ~~~~!」
「「「うんこ!!!!」」」
「マイカ~~~~!」
「「「うんこ!!!!」」」
「マイカ~~~~!」
「「「うんこ!!!!」」」
そして、マイカ達は王都に着いた。
●
その日は宿に泊まり、翌朝、ジャミオクレに向かうというラミアと別れた。
エムジィとも、一緒にいられるのは学園の寮に入る再来週までだ。
いろいろあった旅だが、マイカには思い出すことがあった。
馬車に乗る直前。「またすぐ会うことになるだろうさ。オレの勘はよく当たるんだ。じゃあなエムジィ――お前ともだ」言ったリンザに、エムジィがすっと顔を寄せ「王都でまた会おう」口づけした。
その光景は、この旅の記憶として、ずっとマイカの心の中に残り続けることとなったのだった。
●
王都に着いたのが水曜日で、学園の寮に入るのは翌々週の月曜日。必要なものを買い揃えるなら、その十日間ほどの間になる。
もっとも、学園内で使用するものについては、制服から筆記用具、寮で身に着ける部屋着にいたるまで入寮時に渡されることになっている。もちろん、代金は既に支払い済だ。
購入しなければならないものといったら、下着くらいしかない。そしてまた何故か、下着だけは王都で買い揃えなければならないという不文律みたいなものが、王都で子弟を学ばせる貴族達の間にはあるらしかった。
買い物自体は半日もあれば終わる。受け取りに足を運ぶ手間を合わせても、正味1日を超えることはない。では、マイカがこの十日間あまりを無為に過ごしたかというと、そうでもなかった。
王都で何かあった時に頼ることになるであろう貴族達への挨拶まわり。その他の貴族にまとめて挨拶するためのパーティー出席。そして学園で行われる入学前試験。
今日は、パーティーの日だった。
いまマイカを乗せた馬車が向かっているのは、王都でも有数の大邸宅。
兄ドニィ=フォン=ブリバリーノ侯爵の屋敷だった。
今夜はそこでドレスに着替えてから、パーティーに足を運ぶことになっている。
●
「ここが……お兄さまのお屋敷?」
「左様でございます」
答えたエムジィを、思わずマイカは振り向く。
それほどに、信じ難かった。
(あのケチなお兄さまが、こんな立派なお屋敷を!?)
それほどに巨大で、豪奢な邸宅だった。
精緻な細工が施された門扉を過ぎると、広い庭の向こうに覗く玄関には、人の背丈より大きい異国風の龍の彫像が飾ってある。
しかし、戸惑うマイカの横で――
「あはは! すご~い! 確かにこれはケチの家だ! ケチがケチケチして作ったケチ御殿だよ!」
――トレンタが、コロコロ回りながら爆笑していた。
「そうなの?」
マイカには、ぴんと来なかった。むしろ、あのケチを人の形にしたような兄がこんな豪邸を構えなければならないのかと。王都とはそこまで見栄をはらなければやっていけない場所なのかと暗澹たる気持ちになりかけてたところだったのだ。
ちなみにトレンタは光学迷彩とかいう『万霊の王』の力を使って、マイカ以外には姿が見えない状態になっている。同じく二人が会話する声もまた、他の人間には聞き取れないようになっていた。
トレンタが言った。
「崩れかけの家を魔術で補強して、外見も魔術で偽装しているね。そのための魔力は、屋敷に出入りしたり近所を歩いたりしてる人間から吸い上げる仕組みになってるし、それに使う術式も署名を見ると自分で設計したみたいだから、後は貴族とコネを作りたがってる魔術師に格安で施工させれば、実質タダみたいなものだっただろうね!」
それでも、こんな巨大な屋敷を兄が買うことはないだろうけど借りるだけでも大金が必要になるだろうにと思わないでもなかったのだが、あのケチな兄のことだ。その辺りもケチケチと安く解決してるのだろうと一人頷きながら、マイカは屋敷に足を踏み入れたのだった。
「では、私はここで」
屋敷に入ると、ドニィに頼まれた用事があるとかで、エムジィとは別行動になった。通された部屋でドレスを着付けしてもらった、その後だった。
ドニィが、部屋に入ってきた。
●
「いいね」部屋に入るなり、ドニィが言った。腕組みして、それから顎に手を当てて「――とてもいい」
端正な顔立ちにメガネをかけた、小柄な青年。実際は既に青年と呼べる年齢ではないのだが、肌は瑞々しく首周りのラインにも張りがある。その若々しさは、十代の少年と見紛うばかりだ。エムジィと並んだら、きっと姉と弟みたいに見えることだろう。
外見だけで言うなら、ドニィ=フォン=ブリバリーノとはそういう男だった。
外見だけで言うなら――
「うん。似合ってる。とても借り物のドレスとは思えない。制服を作るために学校に提出した寸法があっただろう? あれを知り合いの仕立て屋に見せたら、同じ寸法のドレスを作ったと言うんだ――そう。それが、これさ。いま君が着てるドレス。見本として店に飾るために作ったそうなんだけど、君が王都に来てるって話したら、是非にと貸し出してくれてね。有り難いねえ。友達とは持つものだよ。それにしても、本当に借り物とは思えない……」
――そして、言ってる内容からすると、中身はケチである。どこがどうと指摘するのも憂鬱になるほど。マイカとはほぼ一年ぶりの再会なのだが、会って三十秒までのセリフで、何回『借』の字が出てきたのやら……
(これは、絶対に汚すなということなんだろうな)
と、マイカも覚悟はしていたのだが、いきなりげんなりさせられる羽目となったのだった。
ところで同じ頃、エムジィはといえば、マイカのほぼ真下の場所にいた。
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