第15話 大人たちは気遣われる
「しかし……焦ったぜ。勘のいいお子様だ」
「確かに。あれがブリバリー家の
「サクラの娘」
「……こういう言い方は、良くないんだがな」
いまさっきのこと。
『どうした?』リンザに促され、マイカが何を言ったかといえば――
『ずいぶん多いんですね』
――と、捕えられた盗賊達を見ながら。捕縛されただけでも五十人近い数は、確かに馬車一台を追い込むには過剰な戦力だろう。素朴とさえいえる疑問だが、リンザもエムジィも一瞬答えをためらって、お互いに目を合わせようとした――その一瞬の隙をつき、少女は大人二人に止めをさしていた。
『私一人に、そんな価値があるとは思えませんけどね』
そう言うと、マイカは二人に何も言わせず、木陰まで歩いて休み始めた。トレンタを膝に乗せ、少し離れた脇では獣人達の代表が片膝立ちで頭垂れている。きっと、いつ用事を言いつかっても構わないように待機しているのだろう。ちなみに獣人達については、エムジィの『いいから』の一言で、部隊の近くにいることを許されていた。
「「……」」
そんな何かの隠喩すら含んでいそうな光景から遠ざかるように、エムジィとリンザは馬車の影へと移動した。そこでリンザが言ったのだ。『しかし……焦ったぜ』と。
明らかに過剰な、盗賊たちの人数。その理由を『ブリバリー家の令嬢であるマイカを攫うため』と説明するのは簡単だ。しかしマイカがもう一つ、その裏側にある不自然さに気付いてしまったなら、話は変わってくる。
普通は有り得ない数の盗賊。では冒険者達は? どうしてその数に破れず勝利することが出来たのだろう? いま周囲で立ち働いてる冒険者や、彼らの乗ってきた馬の数を見るだけで分かる。冒険者側もまた、盗賊に見劣りしないだけの数を揃えて来ていたことを。
急には、無理だろう――事前に盗賊達が大人数で来ることが分かっていなければ、同じだけの人数をすぐに揃えられるわけがない。そしてそこへ、『ブリバリー家の令嬢であるマイカを攫うため』という盗賊側の理由が加われば、自然とこんな答えが導き出されるに違いない。
自分は、囮にされたのだと。
リンザにしてみれば、あくまで『マイカを護衛しろ。大人数で』としか命じられていないわけだが、それをリンザに命じた人間の意図を想像するなら、それ以外の答えを出す方が難しく、そして不自然だ。
まず不信感を抱くだろう――
だから、リンザもエムジィも答えに詰まったのだ。マイカの気持ちをいかに軟着陸させるか。彼女達に出来ることといったら、それくらいしか無かった。
しかし、マイカは言った。『私一人に、そんな価値があるとは思えませんけどね』と。自分からそう評することで、それ以上の説明を求めることなく、そしてこちらが説明することも遮り、打ち切ったのだ――と、リンザもエムジィもそう考えている。
ということはだ。
「気付いてないわけが無い――自分が囮に使われたってことに。でもよ……そうでも無いんじゃないかって気もしてよ」
「気付いてない?」
「いや気付いてる。そこじゃない。オレが疑ってるのは、嬢ちゃんは本当に囮だったのか?ってことさ」
「?」
「そもそも、嬢ちゃんを攫うために盗賊が手下を全員引き連れて来るっていう前提自体がおかしい。嬢ちゃんも言ってただろ?」
「確かに――」
マイカは言っていた。
『私一人に、そんな価値があるとは思えませんけどね』
と。
「――あり得ないか」
「絶対に無いんだよ。現場で部隊を率いる人間の感覚ではな。目立つし、しくじった時の保険も無い。だがな、これが腑に落ちるって連中がいるんだ」
「現場以外……役人か」
「そうだ。嬢ちゃんを攫うっていうのは……そんな理由は、盗賊――っていうか百足兄弟自身の本来の『理由』じゃない。その向こうにいる連中……
「じゃあ、百足兄弟自身の『理由』は? そもそもどうして危ない橋を渡る? せっかく作った部下を失い、自分も捕縛される理由は? そのまま盗賊を続けることも出来ただろうに、どんな必要があってそんなことを?」
「考えても見ろよ。奴らは、戦争のために送り込まれて、盗賊なんかに身をやつしてたんだ。元は軍人だぜ? それが『やっぱり戦争なんて止めた』ってなったらどう思うよ?」
「たまったもんじゃないな」
「だよな? だが、どう身を振るにせよ、任務を途中で放棄するのは体裁が悪い。特に
「なるほど。そのために、大義名分のある――」
「――そう。大義名分のある敗北が必要になる。『ブリバリー家の令嬢を攫おうとして返り討ちにあった』『こちらも全力をもってしたが、敵はそれ以上の軍勢だった』なんて、アホみたいだが、役人にはこっちの方が通じやすい。百足兄弟から役人に。役人から更に上の役人って具合に報告が渡っていく。細かく盛ったり削ったりされながらな。そうやって人から人に渡ってく情報にはな、強さが必要なのさ。単純な、わかりやすさって強さがな」
「じゃあ、わざと負けたと?」
「いや、本気だったさ。盗賊団にいるドンタチミの軍人が、百足兄弟だけってわけじゃないだろうし、八百長は必ずバレる」
「それで、こちらに襲撃の情報を流して人数を揃えさせたと?」
「いや、それは無い。繰り返しになるが、やっぱり、
「ああ――分かってきた。恐らくこれは、私の雇い主と」
「オレらの大将が仕組んだってことだろう」
「「ドニィ=フォン=ブリバリーノがな!」」
リンザが指揮する王都護衛軍、遊撃第三部隊――通称『リンザ愚連隊』は、れっきとした軍の部隊である。しかし、こう揶揄されることも多かった――『ドニィの私兵』と。動かしやすい手駒として、王から直接、マイカの兄であるドニィ=フォン=ブリバリーノに預けられたのが『遊撃第三部隊』だった。ちなみにエムジィについては、彼の私費でドニィが直接雇用している。
「
「となると、マイカ様の髪の色が変わったのも――」
「このタイミングで母親と同じ金髪になったのも、
「そこまでするか?」
「するだろ」
「するかなあ?」
「するんじゃないか?」
「するか」
「するする」
マイカの髪に関しては、神が彼女を生き返らせた際に、それまで髪の色を偽装していた魔法をうっかり解除してしまったことにより変化した――元に戻ったというのが真相なのだが、リンザとエムジィがそんなの知るはずもなく、彼女達の中でのドニィの心象が、どんより悪くなるだけだった。
ともあれ、結論らしきものは出た。
「マイカ様は囮……ではなく囮の役を演じさせられた? 違うな。囮の体で、そこにいさせられた?」
「
「さあ? いずれにせよ、確かなのはだ――気遣われたんだよ。我々は。あの
見つめあい、どちらからともなく頬を触れ合わせた。
心の中に生じた苦いものを、そうして二人は呑み込んだのだった。
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お読みいただきありがとうございます。
では、ドニィはどうしてそんなことをしたのかという疑問が残るわけですが、この点については、ちょっと後の回で説明されます。
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