第14話 マイカは勝利する

 ちょうどその頃、別の場所ではマイカが叫びをあげていた。


「うんこ~~~っ!!!!」

「マイカさまーーっ!」


 そこへ、血相を変えたエムジィが駆け寄る。

 ほとんど掴みかからんばかりの表情だった。


「マイカ様! やはり、お加減が――」


 マイカはゆりかご、もしくはラッコ状態の仰向けからうつ伏せになり、


「痛い~。おなか痛い~」


唸りながら、獣人達の方を見た。モザイクは、すでに解除されていた。目と目が合う。次にマイカは、彼女に覆いかぶさるようにして背中を撫でるエムジィの死角で――


――ぽん、ぽん。


 実際は音を立てず、地面を叩いた。

 土下座とか平伏とか、そういうニュアンスを込めたつもりのサインだった。


 結果は――(まあ、いいか)


「ううっ。エムジィさん……エムジィさん」

「分かります! 私のスキルでテントを作りますのでその中で――」

「いえ違います。あっち……あっち見て」

「?……おおっ!」


 マイカが指差しエムジィが目をやったその先では、獣人達が――


「「「「ぼくたち、こうさんで~~~~~す」」」」


――と、ひらがなで訴えるように地面に身を横たえていた。仰向けで、服を着ている者はまくり上げ、お腹を丸出しにして。


 後はダメ押しで、


「にゃ~~~~ん」


とトレンタが可愛く鳴いてコロンと回れば、それでもう決まりだった。


 マイカ達の、完全勝利だった。


 ●


 再びの説明だが、時間の流れが再開してから、マイカは獣人達の言葉が理解できるようになっている。


「とっとと歩けこのウスノロ」

「いいザマだなあ。おい」

「さっきまで使役してた獣人にウスノロ呼ばわりされるってのは、どんな気分だ? なあどんな気分だ?」

「カッコ良すぎて俺なら自殺してるぜ」


 後ろ手に縛られたアンディを引っ立てながら強面は崩さず、しかし声ではきゃっきゃと騒ぐ獣人達の言ってることが、分かってしまうのである。


 いまマイカ達は、街道の安全な地点へと向かっていた。

 リンザ達と合流するためだ。


 憶えているだろうか? アンディ達が襲ってきた時、傷を負いながらもマイカ達を逃がそうと懸命になってた髭の青年を。


 先導役を務めているのは、彼だった。


 名前は、ジャムル=ガングルトン。

 エムジィがアンディと戦ってる間、彼がどうしてたかというと、エムジィの足元で獣人の死体を傘に身を潜めていた。エムジィは、彼を自分のすぐ側に置くことで逆に危険から遠ざけたのだった――護る手間を省いたともいえるが。


 いざとなったら助太刀するため、ジャムルは虎の子のポーションを舐めたりしていたのだそうで、だから傷を負った身でありながらも案内役を務めるには十分な体力が残されていたのだった。


 歩く順番は、先頭からジャムル→アンディと護送役の獣人→マイカとエムジィ→残りの獣人達。最後の獣人達は、降伏の意を示すため武器を持ってないのはもちろん、両手を上げ、自らのケモ耳を指でつまみ上げていた。


 街道に出ると、すぐにリンザ達もやって来た。


「おいおいおい。すげえ格好ことになってるな」

「ん? ああ……そうだね」


 リンザに指摘されて、エムジィがきょとんとした顔になる。革靴と革の下着。それ以外はメガネしか着けてない状態だ。自分がそんな格好をしてるのを、まるで忘れてたみたいな表情だった。


 それを見て、マイカは得心した。戦いを終えた後、獣人達に服を差し出させるなりなんなりすればいいものをそうしなかったのは、別に深い考えがあったりしたわけではなく、単純にうっかりしてたか、彼女にとってそんなの優先順位が低いことだったからなのだと。


 マイカと同じくそれを察したのか、それまでは遠慮していたリンザの部下達から服が差し出され、エムジィは即席の冒険者姿となった。真っ先に上着を脱いで渡したのはジャムルで、顔には出さなかったが、マイカ達に同行しながらずっと気になってたに違いない。


 その後でだった。


「あれ? 君達――」

「またお会いしましたね、エムジィさん。こんなに早く再会できるとは思いませんでした」


 そう言って礼をしたのは、声からすると女性だ。しかし全身をフルプレートの鎧に包んでいる。その隣で、リンザが笑って言った。


「あれ? ラミア、エムジィ。もしかしてお前ら知り合いか?」

「ええ。先日、危ういところを救けていただきまして」

「うん。そうだな――ラミア? しかし、どうしてここに」

「実はジャミオクレに向かう途中だったのですが、シェンベロで道を間違えまして。それで偶然、こちらの戦闘に出くわしたというわけです」


 ジャミオクレは、王都の更に向こうにある町だ。複数の街道が交差する場所でもあり、各地の物産――特に文物が――ふんだんに流通してるのだという。


 リンザが言った。


「それで、偶然危ないところを救けてもらってよ。礼をしなきゃならないんだが――」


 百足兄弟のアンディとの戦闘後。図らずもリンザの不意をついて斬り掛かってきた盗賊を横合いからの一撃で吹き飛ばし、間一髪でリンザを救ったのが、このフルプレートの女性――ラミアだったのだそうだ。


「――聞いたら、どこのギルドにも入っていないってことでよ。ちょっと困ってるんだ」


 こういった旅の途中で現金をやりとりするのは、出来る限り避けるのが常識だ。少額ならともかく、ある程度まとまった額の現金を渡すのは、同時に危険をくれてやるのと一緒だ。換金時に足がついたりする心配が無い分、盗賊にとって現金は宝石よりも扱いやすい、美味しい商材とされていた。


 だがギルドカードを使えば、この問題も無くなる。


 商人ギルドでも冒険者ギルドでもいい。とにかく何らかのギルドに入っていさえすれば、ギルドカード同士を触れ合わせるだけで口座の金をやりとりすることが出来る。そして言うまでもないが、ギルドカードで金を引き出せるのは、カードの所収者本人だけだ。だったら盗賊がギルドカードを持っていたらどうするのだという疑問もあるが、それはそれで対策が立てられているらしい。


「そのことなのですが――」ラミアが言った。「盗賊を退治したということは、これからアジトの捜索が行われると思うのですが、それに同行させていただくというのは可能でしょうか?」


「そこで何かいいもんがあったら……ってことか?」


「はい。もちろん、譲って頂いても構わない品を――一品だけ」


「おう。お前がそれでいいって言うなら……それでいいんだが。それとは別に、オレにお前の冒険者登録を任せてくれないか? オレからクエストを依頼したって形で、謝礼を払わせてもらうから」


 こうして盗賊のアジトの探索に、ラミアも同行することとなった。


 アジトがどこにあるかは、既に百足兄弟から聞き出している。いまいる場所からそれほど離れておらず、何もなければ二時間もかからず戻ってこれるだろう。その間エムジィとリンザは、この後の旅程について話し合うことにした。そんな時だった。


「どうした? 嬢ちゃん」


 何か言いたげなマイカにリンザが水を向けると――


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