第12話 マイカは『万霊の王』の友である

 実際は、いま一番『聞きたい』というより『お願いしたい』ことだった。


「あのね。あの人――エムジィさん。このままじゃ危ないから、救けたいんだ。獣人あのひと達に、何もしないで帰ってくれるようにお願いしたいんだけど……お願いしていいかなあ?」


「いいよ。でも、自分で頼んでみた方がいいんじゃないかな? 君には多分、そっちの方が面白いと思うよ」


「いいの?」


「いいよ?」


「……その発想は無かった」


 実際は無かったというより、マイカにも上手く言えないが、自分が直接頼むのはトレンタの領分を侵してしまうような気がして、知らない内に考えから外してしまっていたのだ。


「だって、君は僕の友達なんだから――僕の友達である限り、いまこうしてるみたいに自分や相手の思考を加速して、その中で会話することだって出来るんだし」


「うん――じゃあ、話しかけてみるね」


「一応、紹介だけはしておくよ。おーい」


 そわそわした様子でこっちを見てる獣人達に、トレンタが言った。


「この娘はマイカ。僕の友達だよ。君達に話があるっていうから聞いてやってよ」


 獣人達の、意識の視線が、マイカに移される。

 頬がひりひりするのを感じながら――


「皆さん!」


――声を上げたマイカに。


「『万霊の王』の、友達?」

「人間じゃないか」

「確か人間には――」


 ざわつく獣人達を。


「静かにせんか! 傾注!『万霊の王』のご友人のお言葉だぞ! 聞き逃すのは許されん!!」


 先程も聞こえた、低い声が制した。

 その声の持ち主に目礼するような間を作り、それから。

 マイカは言った。


「いま皆さんは、あの人間の女性に襲いかかろうとしていますよね?」


 戸惑いを含んだものと、まったく迷いのないもの。

 頷く2種類の気配に向かって、続けた。


「彼女の名はエムジィ。私の友人です。彼女を襲う――いいえ。戦うこと自体を、やめてはもらえませんか?」


 再び、頷く気配。

 すると、ほぼ間を置かず――


「外れた!」

「魂に嵌められた枷が外れた――いや」

「消えた!」

「消え失せた!!」

「おお。これが……」

「『万霊の王』の――力!」

「疑っていたわけではないが、これこそが――」

「『万霊の王』の、ご友人である証!!」


 押し寄せてくるのは沸騰したような興奮、歓喜。突如吹き付けてきた獣人達の熱気にあてられ、マイカは自分も顔を熱くした。


 そんなマイカを見上げて、トレンタが言った。


「じゃ、もういいよね?」


 時が流れ出す――カチリ、音がした。


 身体が止まった状態で心だけ動いてたことへの反動と言うか、帳尻合わせなのだろう。


「おおう!?」


 びくん、と居眠りしかけた時みたいに、頭を跳ね上げてマイカは慌てる。アンディの後ろにいる獣人達を見ると、彼らもまた『びくん』となったらしく慌てた様子だった。


 獣人達がマイカを見た。

 マイカも獣人達を見て、頷いた。

 獣人達も頷いた。


 どうやら、夢や幻ではなかったらしい。


(私は、居眠りしてなかった!!)


 と、寝ぼけたようなことを心で叫びながら、マイカは横を見た。

 トレンタが頷いた。

 マイカも頷いた。


 そしてマイカは――


 獣人達に向かって、指で『X』を作ってみせた。

 それから、両手で胸の前の空気を押してみせた。


 『攻撃しちゃダメ』『押す下がって』と言う意味だったのだが伝わったのか……伝わったみたいだ。


 獣人達が、構えた武器を降ろして、一歩後ろに下がった。


 ちなみに、ハンドサインで伝わらなかったらもう一度時間を止めて念話、というのはマイカの選択肢に無かった。念話とハンドサインの両方で伝えるから意味がある――と、これは考えた結果ではなく、マイカ自身のセンスから出たものだった。


 獣人達が一斉に下がった、その気配に、アンディが気付いて後ろを見たが、そこで何が起こったかまでは気付かなかったらしい。


 表情のない目でさっきまでの主人アンディを見ている獣人達のその佇まいに、彼らが大同小異でみな(ああ、もうこいつぶっ殺しちゃっていいんだよなあ……)なんて考えてるなんてこと知るはずもなく、そこに『不敵な頼もしさ』でも感じたのかニヤリと――この男の笑みは、おおよそそうなるのだろう――泣きそうな表情で片頬を上げると、エムジィに向き直って言った。


「い、いま謝れば、俺の恋人にしてやってもいいぜ?」


 そんなアンディを見て、言葉の本来の意味において片腹いたく思いながら、マイカは――


(あ、しまった)


――マイカは気付いた。


 気付いてしまった。

 獣人達に攻撃を止めてもらって、 エムジィの窮地を救う。

 このシンプルな計画の欠陥に。

 論理の誤謬的に存在する穴に。


 もっとも、そのせいでエムジィが危険な目に遭ったりするわけではないのだが……ではその、欠陥とは?


 マイカから、エムジィの表情は見えない。


「こ、恋人を飛ばして、いきなり結婚してやってもいいんだぞ!」


 そんな寝ぼけたことを言ってるアンディにエムジィが心底呆れ返ってるのは、後ろ姿を見てるだけでも分かってしまうのだが。

 

 だが。


 マイカからエムジィの表情が見えない。

 ということはだ。

 エムジィからも、見えないのである。


 マイカがどれだけ、どんなハンドサインを送ったとしても。


 伝える手段がないのである。

 獣人達が、すでにエムジィに害を成す存在ではないということを。


 いま、エムジィは武器を持っていない。

 武器となる洋服の生地は、アンディに溶かされてしまった。


 しかしたとえ素手でもアンディごときに遅れを取ることはないだろう。

 楽勝に違いない。


 すでにマイカの中では、エムジィ>アンディということになっている。

 根拠はないが――同時に、全く疑いもなく。


 ましてや、エムジィの足元には、彼女が倒した獣人達の武器が積み上げられてさえいる。


 もう、なにをかいわんやなのである。


 だが――問題は、その後だ。


 アンディを倒したその後、エムジィはどうするか?

 獣人達を襲うだろう。

 一人残らず、殲滅する勢いで。


 たとえ獣人達が逃げても、追いかけて攻撃を加えるに違いない。

 攻撃というより、危害と言ったほうが正しいかもしれない。


 それは、一方的に行使される暴力なのだから。

 獣人達は、エムジィに反撃できないのだから。

 だって、マイカにお願いされたのだから。

 エムジィと――


『戦うこと自体を、やめてもらえませんか?』


――って。


『万霊の王』のご友人に。


 つまり、このままだと――


(このままだと、目覚めが悪くなる!)


――マイカは、頭を抱えた。心の中でなく、物理的に。


 とりあえず『逃げろ』のハンドサインを送ろうと考えたのだが、腕を振りながら足踏みサインを始める前に――遅かった。


 すでに、始まってしまっていた。

 エムジィが言った。


「『布使い』と呼ばれてはいるが、それは正確じゃない。微妙に違っている。私が操るのは、正確には『服』なんだ――だから、こういうこともできる」


 言いながらエムジィが、片足を上げて、軽く前に伸ばした。


 しゅかっ。


 固く空気を切り裂く音がして。

 やにわに。


 アンディの耳に、朱が加わっていた。

 下半分を切り落とされた耳たぶの断面に、ぷくりと血が珠となって浮かび上がっている。


 変形して刃となった、エムジィの革靴。

 その爪先の仕業だった。


 マイカからは見えないわけだが――見えるようだった。

 エムジィの口の端が、悪魔のごとく吊り上がっているのが。


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