第11話 マイカは猫について知る

「種明かしをしよう――」


 そう言われてマイカは、はっと五本。

 指を立てた――心の中で。

 トレンタの口の端が、ちょっと上がったような気がした。


 ゆっくり、指を折り始める。

 一本。二本。三本。四本。五本。


 そうしながら、マイカは呑み込んでいた。


 種明かしって何を? そこに含まれてるのは? 突然、みんなの動きが止まったこと? トレンタあなたが、急に仲良くしてくれるようになったこと? 髪がお母様と同じきんいろになったこと?――それから、貴方が何者かってこと?


 言葉にすればそんな感じになるだろう。

 ぼんやりした考えを、ぼんやりしたまま、マイカは呑み込んでいった。


 その間、視界に移るエムジィもアンディも獣人達も、みんな、ぴくりとも動いていない。


 猫――トレンタが言った。


「何でも聞いていいよ」

「……」

「恥ずかしがらなくていいからさ。言ってみなよ。君が僕に訊きたいこと、いっぱいあるよね?」


 マイカは訊いた――心の中の拳で、どんと胸を叩いてから。


「あなたは、何者――何なの?」

「猫だよ?」

「私の知ってる猫は、あなたみたいに言葉を喋ったりはしないんだけど」

「ああ。君の考えてる猫は、そうなんだろうね」


 再び、マイカは心の指を立てた。

 今度は、一本も折らずに終わった。


「……つまり、私たち人間があなたたちについて全然分かってなかったってこと?」

「そうだね」

「じゃあ、猫って、いったい何なの?」

「それはね、みんなが知ってることだよ。人間以外の、全ての生き物がね」


 そう言いながら、トレンタは、獣人達――いまにもエムジィに飛びかからんと目を光らせた、そのままの状態で固まってる獣人達を見た。


 すると、ほぼ同時に。

 声が広がった。

 獣人達から、一斉に。


「な、何だこれは!?」

「身体が動かない!」

「目玉も動かせない!」

「なのに! 何もかもが見えている!」

「どういうことだ?」

「どういうことだ!」


 どの声も戸惑い浮足立っていたが、その中に現れた低い声が、周囲を制して響いた。


「知ってるぞ。これは――」


 そこへ、他の声が吸い込まれるように群がる。


「何だ?」

「何だ?」

「何だ?」

「何だ?」


 答えたのは、また別の低い声だった。


「俺も聞いたことがある。これは『王の預言』だ」


 この発言に、もとより落ち着かなかった声達が、更に色めき立った。


「王?」

「王!?」

「王だと?」

「まさか――『万霊の王』!?」

「『万霊の王』がここに!?」


 トレンタが言った。


「うん。ここにいるよ」


 その横で、マイカは見た――いや、感じた。

 獣人達の視線――魂の焦点が、一斉にこちらに向けられるのを。


 そして。


「「「「「へへ~~~~~~~っ!」」」」」


 あくまで肉体は静止したまま、魂で、彼らが平伏する様を。


「そんなに固くならなくていいよ」


 トレンタが、獣人達に言った。

 それから、伸びをするようにマイカに顔を近付けて、言った。


「ね?」


 この静止した時間の中でも、どうやら彼だけは、自由に体を動かすことが出来るようだった。


 さて――


「………知らなかった。全然」


 猫や獣人が人間の言葉で会話を交わしてるだなんて、不思議とも不可解とも不条理とも思えるのだが、それでもマイカは頷くしかなかった。少なくとも、トレンタが獣人達から『万霊の王』として崇められる存在であることは認めざるを得なかった。


 たとえいま自分が見てるのが現実でなく幻覚に過ぎないのだとしても、その幻覚の中では、そういうことになってるということなのだ。


 トレンタが言った。


「すべての生物の中で、人間きみたちだけが、ぼくらが何者なのか知らない――それを、恥ずかしがることはないさ。だって、僕達がそう仕向けたことなんだから。人間だけが、猫について、言葉を喋ることすら出来ない低能な動物だって思うようにね」


 ちょっと迷ってから、マイカは訊ねた。


「どうして?」


「僕達が『王』だから。そして、友達として見てもらうためには、それが邪魔だったから」


「対等に接してもらう――いいえ。そういう扱いをさせるために?」


「対等でもまだ不十分だね。人間の庇護の下でなければ生存も危うい、無知で無力で哀れな畜生として見られる必要がある。だって、そういう力関係を手にしてからでないと、人間はその動物を友達だと思えるようになれないんだから」


「……ぜんぜん分かんない」


「話は変わるけど、君は考えたことがあるかい? 空の星って、何なのかな?って」


「すごく遠くにある太陽だって――母様が言ってたけど」


「かつてぼくたちは、あの星のひとつひとつに名前を付け、距離を測り、青空を突き抜ける船で探索に出かけたりしていた。遠くへ遠くへと足を伸ばし、そして気付いた。僕らのこの小さな身体は、決して遠くまで赴き制することを求めてはいないんだって。僕らの心を満たしてくれていたのは、遠くを目指すその過程で得られる知識や、確かめられる絆だったんだって。僕らの探索の究極は、僕らの中――心にあるんだって。そして僕らは模索し始めた。僕らの心を真に満たすため、何が必要かを」


「あの、その……結果が?」


「そう!! 人間に飼育されることさ。人間を徐々に改良し、神託に偽装しヒントを与え、社会的組織化と繁栄を促し、その上で僕らを発見させた――愛玩動物としての猫を!」


「もし発見されなかったら?」


「そんなこと、考えたこともないね! だって僕らには、ある点において他の生物には絶対負けないという自信があったから!」


「頭の良さとか?」


「違うね!」


「では?」


「それは――」


「それは?」


「可愛さだよ! ぼくらより可愛い生き物なんて、絶対いないし! 人間なんてひと目見ただけで飼いたくなっちゃうし! 餌とか上げたくなっちゃうし! 実際そうだったし! そうだったよね! 君だって!!!」


「……否定できない」


 実際、マイカもトレンタにお菓子をあげようとして引っかかれてたわけだし。


「そういうわけで、僕らは人間という庇護者を生育することに成功した。毎日ゴロゴロ日向ぼっこしながら転がって、思索に耽ったり、高い所に上ったりしてるだけの怠惰な生活を送っているうちに、僕らの大部分が人間が思ってるのと変わらない馬鹿で無力な生物に退化してしまうという弊害はあったけれど、種としての選択と考えるなら、悪くはなかったんじゃないかと思うよ」


「……なるほど」


 なるほど、そういうことか――そういう説明をされてみると、そういうことなんだなあと思うしかなかった。後は何を聞いてもオマケみたいなものなのだな、とも。だからマイカの質問も、自然と総花的というか箇条書きテイストになるのだった。


「じゃあ、急に私に仲良くしてくれたのは? どういう理由?」

「だって、頼まれたから――頼んだんだろ? あいつに」

「あいつって――神様?」

「うん。『マイカという娘と仲良くしてやって欲しい』って頼まれたから『うん。いいよ』って」

「簡単すぎない!?」

「だって――断れる?」

「断れません」


 だって、神様だし。


「私の髪が金色になったのは?」

「おそらく、君は一度死んだんだろうけど、それは知ってるよね?」

「知ってる」

「あいつが君を生き返らせた時、君にかかってた魔法を解除しちゃったんだろうね。髪の色や肌の質感を実際とは違って見えるようにする魔法をね。だから、君は変わったんじゃなくて元に戻っただけなんだよ」

「2Pカラー……とか言ってたけど」

「ああ、それはね。君のお母さんがいた世界――ううん。とりあえず、第二の人生のための新しい衣装、くらいに考えとけばいいと思うよ?」

「そういうものかあ」

「そういうものだよ」


 と、そんな風に話しながら。


(さっきは迷ったけど、これでいいんだよね……友達なんだし)


 と、どうやら人間よりも神様に近いらしい相手と、自分がさっきからタメ口で話してることについて考えるマイカだった。


「うん、いいよ。そういう言葉遣いで」

「ちょ、ちょっと待って。私の考えてること――」

「うん。全部聞こえてるよ。でも、友達だからね。僕に話したいこと以外は聞こえて来ないようにしておくよ。それから、君がさっきから心の隅で抱いてる疑問については、いまはまだ話す気がしない。というわけで悪しからず」


 そう言われて、マイカはどきりとした。

 トレンタが指摘した疑問とは、あれに違いない――


『どうしてトレンタは、私のことを嫌ってたんだろう?』


――というあれしかないだろう。そしていまのトレンタの口ぶりだと、単純な好き嫌いではなく、何か他の理由があったみたいだ。でも、それはいまはまだ話す気がしないと。話せないのではなく、話す気がしないと。


(だったら、友達の気持ちは尊重しないとね――というわけで)


 いま一番聞きたいことに斬り込むことにした。


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