第9話 マイカは秒殺する
少なくなったとはいえ、盗賊が現れなくなったわけではない。
護衛の冒険者達――もはやマイカにとってすら怪しい認識なのだが――の間を抜いて襲撃を試みる輩は、まだまだいた。
「ふげひゃっ!」
「……」
しかし、マイカを微妙な表情にさせこそすれ、彼女達の――正確にはマイカを背負うエムジィの――足を止めるには至らなかった。
しかし――止まった。
エムジィの足元に、男が倒れている。首から血を流している。だがそれは、彼女が追わせた傷ではない。盗賊ではなかった。短髪に整えられた髭の青年。片手で首を押さえ、もう片方の手で襟の裏の
「百足だ。百足が……」
そして、目で方角を指し示す。
何度も。
エムジィは見た。
青年が目で指す、その反対の方角を。
言った。
「マイカ様。ここから後ろ歩きで10歩進んでください。それから、ベルトを……合言葉は、憶えてますか?」
「はい。――でしたよね?」
「ご明答」
「あの。ベルトをあれして、合言葉を言った後なんですが――振り向いて見てもいいですか?」
「構いませんよ。あまり、お勧めはしませんが」
エムジィの肩から降りて、マイカは言われた通りにした。
歩き出す。
後ろ歩きで。
一歩。
エムジィの後ろ姿。
ちょっと、斜め後ろから見た感じの。
二歩。
エムジィの前に、男が立つ。
背は低いががっしりした、毛皮のチョッキを着けた男だ。
三歩。
エムジィが言った。
「お前、百足兄弟の――アンディか?」
四歩。
「………」
答えず、男は両手で剣を構えた。
五歩。
がいん。
エムジィの右側で、重い金属音。
どさり。
何かが、その足元に落ちる。
六歩。
がいん。
どさっ。
今度は、左側で。
七歩。
毛皮の男が、両手の剣を構え直す。
八歩。
がいん。
どさっ。
がいん。
どさっ。
がいん。
どさっ。
九歩。
がいん。
どさっ。
がいん。
どさっ。
がいん。
どさっ。
がいん。
どさっ。
十歩。
マイカは、ショールの前を開けた。
露わになったのは、ベルトだ。
金属ともまた違う質感の、大きなバックルが付いている。
ベルトは、馬車でエムジィに与えられたものだった。
その時、彼女は言った。
『万が一の時には、ベルトの
マイカはバックルを押さえて、言った。
震える声を、無理やり押し出して。
「いでよ酒呑みの糞ったれ!『ファック・オー・ランターン』!!」
そして振り向いた――身体が、すっと軽くなるのを感じながら。
見た。
自分が、何に向かって歩いていたのかを。
毛皮の男の部下なのだろう。
盗賊が、八人。半円形を作って、マイカ達を包囲するつもりだったらしい。毛皮の男は、円弧に蓋をするような位置だ。種類は様々だが、どれも
その彼らが――
「ぬわわわっ!!」
――一斉に、後ろへ飛び退っていた。
何故なら、マイカと彼らの間に。
マイカは理解する。
突然、身体が軽くなった理由を。
エムジィが、自分を着膨れさせた理由を。
全部、あいつのためだ。
あいつを作るための、そのための布だったのだ。
何故ならあいつの着てるマントは、明らかに、さっきまでマイカが着ていたショールで出来ていた。
身長3メートル。
全身を、黒いマントに包んでいる。
顔は、巨大な……カボチャ?
オレンジ色の表皮に、目と口の形が切り欠かれている。
両手は白手袋に包まれ、指は胡瓜みたいに太かった。
そいつが言った。
「ファック・オー・ランタ~~~~~ン」
そして白手袋から一本だけ立てられた中指で。
無造作に、一番近くの盗賊を突いた。
「ファック!」
盗賊の額に、指と同じ直径の穴があく。
「ファック!」
またも無造作に、今度は次に近い盗賊に。
更にその次は――
「ファック!」
「ファック!」
「ファック!」
「ファック!」
「ファック!」
「ファック!」
八人の盗賊は、正確に18秒で全滅した。
揃って、額に穴を開けられて。
●
さてその頃、リンザはといえば。
百足兄弟の兄――ピーターと激しく撃ち合ううち、乱戦の中央から離れつつあった。加えて苛烈な剣風の巻き添えを恐れ近付く者がいないせいで、二人の周囲だけが、丸く踏まれた麦畑みたいになっている。リンザは思い出していた。昨日、彼女がマイカに話した――
『運がないだけで実力だけは化物みたいな奴らがCランクにはごろごろいる』
――ここまでリンザとピーターは、一進一退。リンザが『六腕』と呼ばれているように、ピーターもまた、手が百本あるような戦いぶりから『百足』と呼ばれている強者だ。
神速の踏み込みに草むらが爆ぜ。
ぶつかりあう剣撃に空気が焦げる。
実力伯仲の両者。剣の道のどこかで似たような修行を経たものか――
「ふんふんふんふん!」
「ふんふんふんふん!」
――二人そっくりな呼気を重ねながら、剣を交わしていた。
「俺もさ――」
ようやく軽口が出たのは、鍔迫り合いの後だった。
距離が空いたところで、ピーターが言った。
「――百足なんて呼ばれちゃいるが、その百本足のほとんどは、弟の持ち物でねえ……」
「じゃあ確かめようぜ。オマエの持ってる、その
「いやいやいや。俺は別に構わんのだがね。大丈夫かな? あのお嬢ちゃんのお伴についてる、お仲間の『布使い』さんはさ」
眉をハの字にして、さも心配そうにピーターが言う。
それにリンザは、ニカっと笑って答えた。
「心配無用さ。
「へえ?」
「いま
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