第8話 マイカは心配しない

 エムジィが言った。


「リンザなら、ご心配なく。あれも『六腕のリンザ』と呼ばれる強者つわものですので」


 それにマイカは(いや、いまは自分達の心配をするべきなのでは……)と内心で突っ込むのだが、そこらへんは、当然エムジィも分かっているのだろう。マイカが、


(もっとも、こっちは心配なんていらなそうだけど)


なんて思っていることも。


 実際、目に見えて危険は薄れてきている。


 マイカを担いで疾走するエムジィ。

 彼女たちの前に現れる男達は、2種類に分かれていた。

 ひとつは、行く手を塞ぎ襲いかかってくる男達。


「通すかよぉ――――うぎゃっ!」


 そしてもうひとつ、途中から現れるようになった男達。

 彼らが、マイカ達に危害を加えようとする気配はない。


「………(クイ、クイ)」


 ただ『あちらに行け!』『次はこっち!』と手振りで示してくるだけだ。


 それに従い、エムジィが進行方向を変える。そうする理由――後から出てきた男達を、どうして信用できるのか――は、マイカにも分かる気がした。


 最初に出てきた男達と後から出てきた男達とでは、明らかな違いがあった。盗賊と冒険者のどちらに属しているのか、ひと目見ただけで区別が付いてしまうのだ。


 肌のくすみや服のよれ具合――前者が漂わせている獣臭。垢じみた薄汚さが、後者からはまるで感じられなかった。そして彼らの指し示す道を進むうち、前者――盗賊に出会う頻度は、格段に少なくなっていったのだった。


 では、後者――彼らは、何者なのだろうか?


 護衛のため雇われた冒険者とは、既にマイカも考えてはいなかった。


 ●


 腕が6本に見える程の速さで剣を振るう。

 そんな戦いっぷりから付けられた仇名だった――


 六腕のリンザ。


「――と、オレもそう呼ばれる女ではあるがよお」


 リンザはボヤく。


 馬車のところまで戻ると、そこは戦場の中心となっていた。

 盗賊の両部隊――護衛の冒険者に押し込まれた待ち伏せ組と、数を減らしながら馬車を追う包囲組がそこで合流し、だが体勢を整える間もなく、街からの救援部隊が突っ込んできたというわけだった。


 乱戦の暴威に晒され、馬車は表面の木材のほとんどを失ってしまっている。もっとも、攻撃を喰らったからだけではない。その奥にある馬車の本体――ミスリル製の装甲板。そこに刻まれた耐物理・耐魔法障壁の術式の魔力に焼け焦がされたのだ。


「隊長……おっと、リンザの姉御! 待ちかねたぜ」


 馬車の天井で声を上げた男は、昨日もやはり馬車の屋根に乗っていた『鬼視力のガロム』。確か彼は、別の区間を護衛する冒険者だったはずなのだが……彼の両脇では魔術師が、鬼視力ガロムに指示されるまま、盗賊には攻撃魔法。味方には回復魔法を放っている。


「バキーッ!バボギーッ」

「ブベババーーーン!!」


 とても生物が発しているとは思えぬ破裂音が、馬車の周囲を闊歩して回る。矢と魔法の弾幕を越え馬車にゼロ距離攻撃を加えんとする盗賊を、鼻面でなぎ倒し、蹄で踏み千切る。


 ここまで馬車を引いてきた、馬であった。


 名前はフラニーとアジャイル。正味一日の付き合いだがマイカにはよくなつき、差し出された餌も美味そうに食べる、人懐こい、愛くるしいとさえいえる栗毛の2頭。それが――


「ベバァアアッッッ!!!」

「ボブバァアアアン!!!」


――全身に盛り上がった力こぶで、一回り、二回り。いや、印象だけでいうなら五割増しの体躯となっていた。荒ぶる膂力の暴風に、巻き込まれた盗賊が呆然と漏らした。


「な、なんなんだこれ……」


 訳すなら――


『馬だよ』


――とでもなるのだろう。


「ブバァアッフッ!!」


 いななきと共に猛馬が身体を震わすと、かすかに触れただけの盗賊の身体がばらばらに摩り下ろされて辺りに吹き散らばった。馬車からの補助魔法で、硬くおろし金のようになった体表の所業なすわざであった。


 それを見た――見なかった者も含めて、盗賊たちの表情はみな暗かった。敗色は既に濃厚。馬車を襲うのが目的の包囲であり待ち伏せでありこの戦闘であったが、見れば馬車の中は空っぽ。既にその意味は失せていた。


 出来ることがあるとしたら――逃げる。

 それだけ。

 しかし、それすらも叶うとは……


 そんな空気が、盗賊たちを支配しつつあった。

 あとは、そこへかさにかかった冒険者たちが一斉に攻撃に出れば、終わりになるはずだった。


 そんな時だった。


「おいおい。こいつはエラいもん踏ん付けちまったんじゃねえか?」


 朗らかに笑いながら現れた男に、盗賊たちが、そして冒険者達までもが、何故か道を開けていた。


 盗賊なのは確かだろうが、妙に身綺麗で、帽子を斜めに傾けているのは彼なりのこだわりなのだろう。洒脱とも、人を舐めたようなともとれる雰囲気を漂わせていた。


 たっぷりと、皆の注目を集め。


 男は言った――馬車の本体。むき出しとなったミスリル製の装甲を指さして。

 正確には、術式の一部としてそこに刻まれた紋章を。

 それから、その下の部隊名を指さして。


「王都護衛軍、遊撃第3部隊――通称『リンザ愚連隊』。バリバリの実動部隊じゃねえか。半年前、隣国ドンタチミとの戦争を未然に防いだのもこいつらだ。その時の手柄でB級冒険者――いや、B級の騎士かな? 昇格するって話だったそうだったが、どうなった?『六腕のリンザ』さん」


 苦笑して、リンザが応えた。


「お預けさ――だがまあ、よく分かるもんだ。オレが何者かなんてな」


「分かるさ。邪魔そうな前垂れに2刀を構えた、赤毛のいい女。それで、この場で一番強そうだってんだから、そりゃもう『六腕のリンザ』しかありえないだろ――違うか?」


「ああ。間違っちゃいない――じゃあ、今度はこっちの番だ。噂を聞いててな。ドンタチミに冒険者上がりの軍人がいて、こいつが戦争になったら暴れるつもりでうちの国に潜入してたんだが、小遣い稼ぎと暴れる準備のために始めた盗賊家業が儲かりすぎて、戦争の火種が消えたいまも国に戻らず、盗賊団の規模は大きくなる一方って――そういう話なんだがな。名前は確かピーターとアンディ。冒険者時代の仇名は――『百足兄弟』」


「へぇ」


「で、これが分からねえんだけど、教えてくれよ。オマエ――兄貴と弟の、どっちだ?」


「兄貴の方さ」


 男が、抜き打ちでリンザに斬りかかった。

 これをきっかけに、盗賊たちが息を吹き返した。


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