第7話 マイカはごろごろと

休まず馬車は進み、街を出てから2時間近くが過ぎた頃。


 盗賊の追跡に気付いてから、馬車は速度に緩急をつけることで、追ってくる盗賊を翻弄していた。馬車が速度を変えるたび、盗賊の本体はともかく、扇形に広がってる分隊が動揺し、連携に支障をきたすようになってるのが分かった。


 もっともこれだけ同じことを繰り返してれば、こちらが追跡に気付いてるのも、どういう意図をもって加速減速こんなことを繰り返してるのかも、とっくにバレバレだろうというのがリンザの考えだ。


 あとは、こちらが一気に逃げ出すか、盗賊あっちが姿を現して一気に詰めてくるか――そんな頃合いだった。


 丘を過ぎると、遠くの道の先で、煙が上がってるのが見えた。


「あれは……始まったか」


 エムジィの察した通り、待ち伏せしていた盗賊と、その先から駆けつけた護衛の部隊が接触、戦闘を始めたのだろう。ということは護衛の部隊が間に合ったというわけで、リンザ達の時間稼ぎ意図は、まんまと果たされたわけだ――半分は。


「さあて、後ろの盗賊れんちゅうはどう出るかな?」リンザが片眉を上げる。「もう半分・・・・に気付かないほど、鈍くはないと思うんだがな」


 さて――盗賊は、どう出るか?


「……来たな」

「……来やがるか」


 直線に入って加速する一方になった馬車に、勝るとも劣らぬ速度で追いかけてくる。もはや姿を隠す必要もないと判断した盗賊たちが、馬蹄の合唱で地面を揺らしていた。

 

「広がるか、固まるか――」


 馬車を包囲するため広がった隊形を、更に広げて戦場全体を包囲するか? それとも中央に戦力を集束し、その勢いで戦場を突き刺すか?


 しかし――彼らに、選択の余地は与えられなかった。


「来たか……もう半分が」


 エムジィの呟きを聞きながら、マイカが抱いてたのは既視感だった。


 盗賊たち――大きく広がった両翼が、その羽根を灼かれていく。隊列の端から順々に墜とされていく。馬を。それを駆るものを。虹色の尾を引いた矢が撃ち抜いていく。それは、昨日馬車から林に向けて放たれた攻撃であり、同時に林の中で生じていたであろう結果なのかもしれなかった。


 背後からの攻撃を避けることも出来ず、2波3波と矢が降り注ぐのを受けるうち、盗賊たちは道を走る中央の集団――本隊に寄り固まらざるを得なくなっていた。


 そうさせたのは、言うまでもないだろう。鐘を叩き、声を上げ、接近を誇示して賊を威嚇し、彼らを待つ者にあと少しだけを堪える力を与える。


 街から駆けつけた、救援部隊だ。


「さあて、挟み撃ちの完成だ」


 確かにリンザの言うとおりだが、しかし。

 マイカは、心の中の声を途中で呑み込んだ。


(でもこれって――私たちも)


 その先を。


『この馬車も、戦場の真ん中に突っ込むことになるのでは?』


 という疑問形を。


「じゃあ、オレらも行くか。ああ、この馬車の中は安全だからな。猫のことだったら心配無用だ」


 馬車の中は安全――だったら、どうして馬車の扉を開けるのか? エムジィがマイカを抱き上げるのか? そして――どうして、馬車から飛び降りなければならないのか?


 マイカの視界が回転する。


 深い草むらに落ち、エムジィに抱えられたまま、転がった。ごろごろと。なるほど、と思う。このための、着ぶくれだったのかと。


 盗賊たち相手に時間稼ぎする間、マイカはエムジィに、どこからか取り出した大量の衣類を着せられていた。正直、動きにくくなるほどの厚着だったのだが、おかげで怪我せずに済んだ。これもそのおかげかは分からないが、マイカは回転が終わってすぐに立ち上がり、手招きするリンザに追いつき、彼女を追い越して疾走することさえ出来た。その隣に、エムジィも並ぶ。


戦場ドンパチチャンバラを迂回して、先に進んでてくれ。しばらくすれば追いつくだろ――勝ったほうがさ」


 リンザの声と、ひゅんとマイカの頭上を追い越してく気配。

 質量――鉄の存在感。

 どさり。

 マイカの背後で、男が倒れた。

 首筋から、ナイフを生やしていた。


「じゃあな」


 草をかき分け、足音が遠ざかっていく。


 マイカにも、おおよそ察することが出来た――これからリンザが、戦場に戻って戦うのだということ。そして彼女が、安全なはずの馬車から自分を遠ざけたわけが。


 そこが、安全な場所ではなくなるからだ。


 リンザのそれとは逆に、近づいて来る足音もあった。


 明らかに、複数の――


 後方から包囲に来た部隊と同様、待ち伏せしてた盗賊の部隊もまた、扇形に広がっていたのだろう。馬車の方から。また別の向きからも。足音は近付き、いくつかは目に映るところにまで来てた。ごく曖昧だが、包囲が完成しつつあるとも言える。


 そんな状況で、エムジィは、ちょっと迷ったような顔をしていた。

 しかし自分を見上げるマイカと目が合うと――


「失礼」


――ひょいとマイカを肩に担ぎ、走り出した。


 走り出してからの足取りには、全く迷いが無かった。

 一方、担がれたマイカはといえば。

 現在着ぶくれしてる彼女だが、一番外に着てるのは、フード付きのショールだ。昨日髪を隠す帽子の類を買った際、リンザのアドバイスで追加した品だった。


 そのフードが、エムジィに抱え上げられた途端、起き上がるように頭に被さり、マイカの髪と顔の全部を巾着みたいに覆い隠していた。昨日買ったときも、さっき着たときも、こんなに大きいフードじゃなかったはずだ。頭に被さるのと同時に、数倍に広がったとしか思えない。


(リンザさんが、細工をしてくれた? 私が知らない間に――昨夜のアレ・・の前か後かは知らないけど……)


 フードに顔を――視界のほとんどを隠され、マイカに見えるものといったら、エムジィの背中と、彼女の足下を流れる地面だけとなっていた。


 いや――


「ぶへぇっ!」


 悲鳴が上がる。

 エムジィが、ぴょんと跳ぶ。

 すると続けて、血を流した男の、苦悶に満ちた表情が真下を通り過ぎていった。


 エムジィがやった?

 いやいや――


 マイカは気付いていた。


 視界に半死人が映る前。

 悲鳴が上がる直前。


 そのタイミングで、背中に違和感が生じていたことを。

 自分の背中で、もぞりと何かが蠢く気配があったことを。


 おそらく、それが――仮定は、すぐに実証された。


「おぎょぉっ!」


 もんどりうって倒れた男が、マイカの視界に入ってきたのと同時。最後の力を振り絞り、男がその上を跳び越えるエムジィの足に手を伸ばそうとした。


 すると――ぐさり。


 とどめをさしていた。

 マイカの顔の横から、真っ直ぐ真下に。

 フードの布が、するりと伸びて、男を突き刺していた。


(絶対、何かやってる! リンザさん――んん?)


 リンザが?

 いやいやいや――


 気付いてみると、この人・・・もかなりおかしい。

 マイカは、ようやく思い至った


 地面は、決して平坦ではない。

 それを苦にせず、更に障害物があれば跳び越える。

 速度を、全く落とさずに。

 しかも彼女は、着ぶくれしたマイカじぶんを肩に担いでいるのだ。


 細身の身体からは――いや。

 女性とは思えない――いや。

 常人では考えられない――その通り。

 まさに常識外の膂力であり、走力といえた。


(もしかしたら……この人が?)


 仮定は、またも早々に実証されることとなった。


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