第6話 マイカは3つ数える

 サイレントにいちゃつく大人2人を前に、マイカは。


(とりあえず……気付かれてはいけない。気付いてることに気付かれないように。自然に……自然に………)


 とりあえず、そういう態度アティチュードでいくことにした。

 ところで――マイカにしてみれば、釘を差すようなタイミングともいえるのだが。


「うみゃ~~ん」


 びくっ!


「どうしました?」

「い、いえ。何でもないです!」


 心配して声をかけるエムジィにはそう言って、マイカは、ビクリと伸びて固まった背筋をギギギと曲げ、横を見た。


「ふな~~~~お」

 

 文字表現の限界を超える可愛い声の持ち主は、今日はエムジィでなく、マイカの隣に収まっている。


(どちらかというと、こっちの方が厄介かも……)


 まるで、そんなマイカの思考に相槌をうつかのように。


「にやぁ~~ん」


 もう一度、トレンタが鳴いた。

 昨夜も、そうだった。自分の髪の色の変化とトレンタの態度が変化したのに関係はあるのか? 頭を悩ますマイカに答えるように、トレンタが言ったのだった。


『無いわけないだろ?』と。


 トレンタが。

 人間の言葉で。


 確かに、そう言ったのだ――本当に?

 自分が寝ぼけていただけだったということはないだろうか?


(それだけは――無い。何故なら)


 何故なら――いま馬車に揺られるマイカの目の前には。


「リンザ……ってさ。指がキレイだよね」

「仕事の最中に爪が割れたりしたら厄介だから……そりゃ、手入れはしてるさ。冒険者は、男でも結構普通にやってる」

「へぇ……」

「なんだよぉ?」

「なんでもない(笑)」


 既にサイレントさすら危うい状態でいちゃいちゃする2人がいるわけだが、エムジィとリンザこのふたりのせいで、昨夜のあの時、マイカはギンギンに目が冴えていたのだ。あんな状態で寝ぼけるなんて……


(まず、無い)


 ということはだ。

 トレンタが言った。


「すぐわかるよ。3つ数えて待ってて」


 と。


「!?」


 それから――突然、顔を青ざめさせたマイカに、やはり気分が悪いのでないかとエムジィが声をかけようとした時。


 もしマイカが数を数えてたら、ちょうど3つになってただろう。

 リンザが言った。


「エムジィ。そっちに行ってくれ」


 と、マイカの隣を指差す。

 エムジィは、トレンタを抱き上げると「失礼」。座席の下の物入れに降ろして蓋を閉めた。トレンタは、逆らうどころか鳴き声さえあげず、大人しいものだった。エムジィがマイカの隣に座り、続きをリンザに促した。応えて、リンザが言った。


「盗賊だ」


 光のない、なんだか眠そうな目になって続ける。


「隠れて後を尾けてる。だんだん数を増してるな。普通なら街からこんなに近い場所で盗賊が出るなんて有り得ないし、実際すぐには襲ってこないだろうが――何故だと思う?」


 マイカは答えた。

 膝の上で握った手が、痛かった。


「すぐに、救けが来るから」


「そうだ。街からこれくらいの場所だと、ちょっと粘られただけで街から救援が来て時間切れ――お縄になっちまう。奴らのやり口はだな――まずはバレないように後ろから包囲にかかる。それで街から離れたところまで来たら姿を現し、一気に追い立てる。ついでに前からも待ち伏せしてた奴らが来て挟み撃ちだ。襲われた側は、いきなり追いかけられて救けを呼ぶ余裕もないし、呼んでも街からは遠すぎるしで、あっという間に潰されちまう」


 マイカは息を呑んだ。

 リンザの言う通りなら。


(私たち……詰んでる?)


 ということになる。

 それなのに――リンザは、ニヤニヤ笑いの顔だった。

 彼女は言った。


「もっともそんなのは、盗賊どもに囲まれてるのに気付かず、みすみす襲われるとこまで近付けちまうようなマヌケの話だ。でもよ――分かるだろ? オレはもう盗賊やつらを見つけている。ってことはだ。奴らが考えてるより早く救けを呼び、奴らが襲ってくるより早く逃げ出すことが出来るってわけだ」


「逃げて……でも、待ち伏せ前からも来るんですよね?」


「そっちは、先で待たせてる奴ら――追加で雇ってる護衛を呼ぶさ。縄張り破りにはなっちまうが、そこら辺は、個人的な貸しってやつがあってな。融通を効かせてもらう」


※この段落、削除する

 と、リンザはこともなげに言ったのだが、追加の護衛――区間と方向を限定して仕事を請け負っている冒険者の彼らが自分の縄張り以外で護衛に類する活動しごとをした場合、発生するペナルティは金銭面以外にも及ぶ。個人的な頼みで無理を聞いてもらうには、難しすぎる話なのだが……


 ともあれ、緊張と緩和というやつだろうか?

 マイカは、思わず手を叩いて言ってた。


「すごーい! リンザさん凄いです!」


 と、言った直後には、さすがにはしゃぎすぎたかと赤面していたのだが、大人2人から咎められることはなかった。


「ま、まあ昨日の『鬼視力のガロム』程じゃないが、オレだって目が悪い方じゃない。奴らもうまく身を隠してたが、進行方向まえだけ見てても気付かないことだって、通り過ぎてから振り向けば、案外丸わかりだったりするもんさ。逆から見てみれば、まったく偽装にミスボロが無いわけじゃなかった」


 なるほど、 リンザが進行方向の逆を向いて座ってたのには、そういう目的があったわけだ。単にエムジィと並んでいちゃつくためだけではなかったのだな、とマイカはリンザを見直した。そして思った。この人は――


(お母様と、同じ種類の人間なのだな)


――と。


「もう、これを使っていいのかな?」

「頼むわ」


 エムジィが懐に手を突っ込んで、取り出した。手のひらからはみ出る大きさの、水晶の球だった。懐に限らず、上着に収まる大きさには見えないのだが、それが2つ。右の手のひらと左の手のひらに、1つずつ乗せられていた。


「まずは、街の方だな」


 エムジィの左手に、わずかに力が入った。すると手のひらの球が、硬質な光はそのままに、さらさらと崩れて消えた。リンザが言った。


「この球は対になっててな。もう片方は街の冒険者ギルドにあるんだ。魔力を通すと、いま見た通りばらばらになる。そうすると同時にギルドにある方の球もばらばらになる。それを見てギルドは、こっちがヤバい状況になってるって判断して、救援をよこすんだよ――追加の護衛前のやつらも頼む」


 エムジィが頷きながら、今度は右手の球を、きゅっと。

 指に力を込めると、こちらも崩れて消えた。


「あの、これで……両方から?」


 あまりに簡便な救援要請に驚くマイカに、リンザが笑ってみせた。


「ああ。これで追加の護衛まえ街からの救援うしろも、ばっちりだ。盗賊共が挟み撃ちしてくるなら、こっちはそいつを更に挟み撃ちしてやるって寸法よ」


 盗賊たちが姿を現したのは、それからほぼ一時間後のことだった。


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