KAC20241+作品 スタンピード
日乃本 出(ひのもと いずる)
スタンピード
「お前たちッ!! 覚悟はできているかッ!!」
俺の怒号に、制服姿の部下たちが力強い声で応える。
「応ッ!!」
部下たちの声によって、空気が震動するのがわかる。なんという力強く、そして頼りがいのあるものたちであろうか。
間違いなく、こいつらは死を覚悟している。その覚悟はまさに、己らに課せられた責任がいかに重大であるかを理解している証拠ともいえるだろう。
ならば応えねばなるまい。
死を覚悟した部下たちに、今一度その重責を思い知らせねばなるまいぞ。
「いいかッ!! 後数分もすれば、目の前のシャッターが開くッ!! そのシャッターが開いた時に何が起こるか――わかっているだろうなッ?!」
「応ッ!!」
「本当にわかっているのかッ?! ならば具体的に述べてみよッ!!」
俺の言葉に、すぐに部下の一人が答えてみせた。
「飢えたケモノたちが、全てを
「その通りであるッ!! ならば今一度問おうッ!! お前たちッ!! 覚悟はできているかッ!!」
「応ッ!!」
どうやら部下たちの覚悟は本物のようだ。ならばこれ以上、問うのはよそう。部下たちの誇りを傷つけてしまう。
俺は腕時計を見た。後、一分。俺も今一度、覚悟を決めなければならぬ。大けがの覚悟。ともすれば死すら起こりうる、大災害に対する覚悟を。
妻よ、子よ、どうか俺に力を与えてくれ。
圧倒的数からなる暴力に対する力を与えてくれたまえ!
後二十秒。俺は部下たちに最後の鼓舞をする。
「いくぞッ!!」
「応ッ!!」
意を決し、シャッター係に合図をした。
「シャッターを開けろッ!!」
シャッター係が、俺と部下たちに向かってうなずき、スイッチを押した。
ゆっくりとシャッターが上がりはじめる。少しずつあらわになってくる、ケモノたちの姿。
スウェット。ジャージ。スカート。ショートパンツ。
様々なボトム姿が見え、それらが腰元まで見え始めたころ、ケモノたちが怒涛の如くシャッターをくぐりはじめた。
そんなケモノたちに、俺が戦闘開始を告げる第一声を言い放つ。
「いらっしゃいっ!! ませぇぇぇぇっ!!」
俺の声をかき消すように、
「落ち着きくださいッ!!」
俺の部下たちが必死に御客様たちを止めようと向かっていったが、御客様たちの突進がそれくらいで止まるはずもない。
部下たちは御客様たちの突進に飲み込まれてしまい、それを助けようとした部下たちがさらに飲み込まれてしまっていく。それはさながら、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが如く。
俺の脳裏に、妻と子供の笑顔が浮かんだ。
おお、許してくれ妻よ、子よ。父は今日、仕事で殉じてしまうやもしれぬ。もし、帰ることが出来たならば、正月のお節料理を共に楽しもう。
俺は意を決し、御客様たちの前に両腕を広げ立ちはだかった。
「どうぞ落ち着きくださいませッ!! どうかお並びくださいませッ!! 福袋の数は多めに取り揃えておりますので、どうか落ち着きくださいませッ!!」
しかし、そんな呼びかけも、興奮しきった御客様たちの前には無力であった。
俺ももれなく部下たちと同じように御客様たちの群れに飲み込まれ、御客様たちに踏まれながら薄れていく意識の中、思った。
来年は絶対に、福袋セールなんぞしてやるものか、と。
KAC20241+作品 スタンピード 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo
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