第43話

アンが弓矢を構えた。


母熊に狙われた侍女を助けるためだ。

そもそもレインの母親であるアンは、深窓の公爵令嬢でありながらも、弓矢を扱うことができた。というのもアンの暮す公爵邸は、森に近かった。ゆえに父親や兄は、狩猟を得意としていた。そんな父親や兄の姿を見て育ったアンは、自分も狩りをしたいと兄に頼んだ。兄は驚いたものの、面白半分でアンに狩りができるよう、弓矢の使い方を教えた。


ただし。


その弓矢で捕えるのは、主に雉(きじ)。

熊など相手にしたことがない。

それでも侍女たちを守りたいという一心だったのだろう。


懸命なアンを見て、セフィラスの善性が動かされた。


まずエルフの歌声を聞かせ、母熊の心を宥める。

その上で、母熊に沢山のベリーがある場所を伝え、人間を追うのを止めるよう命じた。

母熊は小熊を連れ、そのまま去ってくれたのだ。


そこでアンとセフィラスは出会うことになる。


エルフがいるとは知られていたが、何せ見るのは初めて。

アンは驚き、でもその澄んだ歌声、何より窮地を救ってくれた御礼をしたいと、セフィラスに話しかけた。


そもそもエルフは人間と関りはもたない。

それでも没交渉というわけではなかった。


人間の王とエルフの王とでは頻度は少ないが、対話の場も、この時代ではまだ設けられていた。それにセフィラスはエルフ王の血を引く一人。つまりは王族の一人だった。令嬢から声をかけられ、しかも御礼を伝えようとしているのに、無下にはできない。


セフィラスはアンの呼びかけに応じ、会話が始まる。


アンはとても好奇心旺盛だった。エルフであるセフィラスへの興味も尽きない。


気づけば御礼を伝えるだけが、三時間近く話し込んでいた。


そこで一度は解散したが、その後も度々、森でアンとセフィラスは出会うことになり、気づけば……良き友人となっていたという。


「その後、アンは当時の王太子の婚約者となり、公爵邸を出て、王宮で暮らすようになりました。王太子妃教育がスタートしたからです。ですが、アンは変わらぬ友情を示し、わたしに手紙をよく送ってくれました。王太子妃教育で学んだ成果を教えてくれたり、森を懐かしむ言葉が綴られています。わたしは季節ごとに花を摘み、それをアンに贈り、交流は続きました」


その後、無事、王太子妃教育を終えたアンは、王太子と結婚式を挙げる。

そこにはセフィラスは勿論、エルフ王の血を引く者も数名招待された。

アンの幸せをセフィラスは祈った。


だがアンはなかなか子宝恵まれず、そのことで塞ぎ込むことも多くなる。


王宮や宮殿では、貴族達は何かとお世継ぎについて言及するし、力を伸ばしたい貴族は、王子を生まないアンを非難するような噂も流す。そんな中、先代国王が病に伏せ、王太子が即位。アンは王妃となり、公務に追われる。その一方で、跡継ぎについて頻繁に囁かれるようになり、アンは追い込まれてしまう。


その頃、アンから届くセフィラスへの手紙には、公爵邸に戻りたい。

森で静かに過ごしたい。


そうよく書かれていたという。


アンのことを心配した国王は、一時的に公務を免除し、アンに静養をとるようにすすめた。


こうして公爵邸に戻ったアンとセフィラスは森で再会。


自然の中でのびのび過ごすことで、アンは元気を取り戻す。

半年後、王宮に戻り、そしてアンの妊娠が判明する。


待望の王子が誕生し、皆が祝いに駆け付け、そしてあの悲劇が起きた。


北の魔女による呪いだ。


その悲劇の場をセフィラスも目の当たりにしていた。


「大切なアンの息子であるレイン殿下に呪いをかけたれたことは、わたしにとっても衝撃でした。有限の命であるアンは、旅立つ前に、レイン殿下の助けになって欲しいと頼んだのです。表立った助けは、反呪い魔法の制約もあり、できません。よってこれまで陰ながら見守る形になりましたが……。北の魔女の呪いも解けました。もうこそこそする必要もありません。ですから……そうですね」


そこでセフィラスは美しいホワイトゴールドの髪をサラリと揺らす。


「……レイン殿下のご両親は、もうこの世界にはいません。ですが、二人を知るわたしはここにいます。父親代わりとは言えませんが、レイン殿下はわたしにとって、自分の子供も同然です。ですから頼っていただいて構いません。この森で暮らすのであれば、大歓迎です」


一気にそこまで話すと、セフィラスは「わたしも酔っているようです。少し話し過ぎたと思います。……これで失礼させていただきます」と唐突に立ち上がった。


これにはもう、レインも私もビックリしている。

まったく酔っているように見えなかった。

でも最後の方は、いつもの冷静沈着なセフィラスではない感じがしていた。

だから本人の自己申告通り、酔っていた……のだろう。


「母君とセフィラス様が知り合いだなんて、知らなかったな。なぜ母君は教えてくれなかったのだろう」


不思議そうに呟くレインを見て、私は心臓がドキドキしている。

名言は、していない。

でも。

もしかすると。

レインの本当の父親は……。


そんなことを考える私に、レインが声をかけた。

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