第40話

セフィラスの館に戻ると、先に戻っていたジルの意識も回復していた。

そこでジルも含め、レイン、父親、セフィラス、私とお茶をしながら、何が起きたかを話すことになった。最終的にクロがレインであると知ると、父親とジルはもうビックリ。

すべての話が終わった時、もう日没が近かった。

セフィラスは父親とジルに館へ泊まることを許可し、共に夕食をとることになる。

その一方で、私と二人で話したい……という人は沢山いた。


個人的にはレインと話したい。

でも父親とジルは、それぞれ帰るべき場所がある。


「チェルシー、お父さんやジルと、先に話すといいよ」


レインが当たり前のように、私の気持ちを汲んでくれる。

その優しに感謝し、まずは父親と話すことにした。


淡い水色と茜色が混ざり合う、日没が近いこの時間の空は、私のお気に入り。

それを父親も知っていたので、バルコニーに出て、ラタンチェアに座り、話すことになった。


「本当に驚くことばかりだったよ。チェルシーがサール王太子から婚約破棄され、国外追放にされたと思ったら……。追放先がまさかの魔物の森。大変なことになったとジル令息と駆け付けた。ジル令息はチェルシーを助けようといろいろ提案してくれたが……」


そこで父親は穏やかな表情で私を見た。


「状況は大きく変わった。サール王太子は国外追放を取り下げてくれる。彼がきちんと謝罪してくれれば、カーラン国へ向かう必要もないだろう。でもチェルシーは屋敷へ戻るつもりはないのだろう? この森で、レイン殿下と暮らすつもりなのかい?」


「国外追放の身だった時は、もう考える余地なく、この森で生きて行くしかない――と思いました。でも国外追放ではなくなるなら……選択肢がいろいろできたと思います。これからどうするのか。それはレイン殿下とこの後、きちんと話せればと考えています」


「そうだね、それがいい」と父親は何度も頷き、そして空を見上げる。


「しかし、あのクロが、あんな立派な体躯の貴公子……エヴァンズ王国の王子だったとは。しかもチェルシーは何度も転生を繰り返しているなんて。巷の小説でもそんな話、聞いたことがない。神殿で生まれ変わりの話を聞くことはあるが……。いまだ信じられない」


その父親の気持ちは私もよく理解できた。私でさえ、レインが目の前にいてくれなければ、これが現実とは思えない。


「だがレイン殿下のあの真摯な眼差し。今日の一件についても理路整然と話してくれて、落ち着きもあった。見た目はあの若さだが、重ねた人生・経験は、私よりもうんと上なのだろう。うん。レイン殿下なら間違いなく、チェルシーを大切にし、幸せにしようと努力してくれると思うよ」


そこで改めて父親に尋ねてしまう。


「お父様、それはつまり、私がレイン殿下と婚約し、結婚することを許していただけるということですか?」


父親は目尻に皺を作り、ニッコリ笑う。


「当然だ。あの話を聞いて、反対する親がどこにいる。母さんには父さんからしっかり話しておくよ。大丈夫。母さんだって分かってくれる。……正直、レイン殿下のように生きることは、誰でもできることではないと思う。チェルシーのために、何度も、何度も、諦めず、想い続ける。失敗を繰り返し、今度こそは繰り返すのは、辛いことだ。途中で心が折れ、もう楽になりたいと思ってもおかしくない」


そこで父親は、東方の国から伝わるという言葉として、前世で私も知っている有名な一節を口にする。


「チェルシー、こんな言葉があるんだよ。『天に在らば比翼の鳥 地に在らば連理の枝』。これが意味することは……」


前世では古典の授業で習った白居易の「長恨歌」の一節。

「源氏物語」でも、帝と桐壺更衣の約束の言葉として、度々登場する。

私が転生したこの乙女ゲームを作ったのは、日本人だ。よって父親も、この言葉を知っていたのだろう。


空を飛べば必ず並んで飛ぶ鳥のように。

地にあれば必ず連理となる枝のように。

決して離れることがない二人は、深い愛情で結ばれている。


レインと私はまさにこれなのだろうと父親は指摘する。


「レイン殿下とチェルシーは共にある。二人の魂は深く結ばれているのだろう。それを引き裂くなんて、父さんはしたくない。……サール王太子と婚約した時から、チェルシーはチェルシーであり、でも父さん達とは別々の道を歩むと覚悟していたからね。寂しいが父さんと母さんは大丈夫だ」


「お父様……!」


「レイン殿下と話し、どうしていくか決まっても、会えないことはないだろう? 幸せな姿をたまにでいい。父さんと母さんに見せてくれれば。それで十分だよ」


これにはもう、涙がほろりと落ちてしまう。

レインは私が両親と会うことを止めるわけがない!

だからこれからも父親と母親に会うつもりであることを話し、そして次に私はジルと話すことになった。

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