第39話
サラサラのアイスブルーの髪を揺らし、こちらへと足早にかけてくるのは――レイン!
これがクロ……人間のレインなのね……!
凛とした眉に、長い睫毛、そしてその瞳はクロの時と同じ。
サファイアのように煌めている。
鼻がとても高く、シャープな輪郭に、血色のいい唇をしていた。
スラリとした長身に長い手足。
水色のシャツに、コバルトブルーのセットアップ、純白のマント。
腰には立派な剣が見えている。
すごいわ!
絵に描いたような王子様。
クラウンを頭にちょこんと乗せたくなる。
「チェルシー、僕が誰だか分かる?」
ああ、なんて甘い声なのかしら。
いつものクロの声ではない。
でもこの口調はクロだ!
「うん。クロ……レインなのね」
「そうだよ。ようやくこの姿でチェルシーに会えた」
向き合ったレインは、クロの時とはまったく違い、背が高く、その顔を見上げることになる。
「チェルシー、触れてもいい?」
「? え、ええ、勿論」
遠慮がちに伸ばされたレインの手が、私の頬に触れた。
細く長い指には、桜貝のような整った爪も見える。
いつも触れていたクロの肉球は、ぽかぽかだった。
でも今、私の頬に触れているレインの指は、心地よくひんやりしている。
「チェルシーの瞳に、僕がちゃんと映っている。もう、もふもふじゃない……」
その瞬間、そのサファイアの瞳がウルウルと震える。
それを見ると、私の鼻の奥もツンとなり、涙がせりあがってきた。
泣きそうになるのを堪えようと、少し冗談めかして私は、レインの髪について言及する。
「もふもふではないけど、レインの髪はサラサラとして、触り心地が良さそうよ」
「僕に触れて、チェルシー」
甘々なレインの声だけど、どこかクロを感じさせる。
自然と手を伸ばし、その髪に触れていた。
その瞬間、レインとの距離が近くなり、涼やかな香りを感じている。
クロの時は、香ばしい匂いがしていたのに。
これは香水かしら。とてもさっぱりしていい香りだわ。
触れたレインの髪は、想像通りだ。
サラサラとして、指の間からアイスブルーの髪が、こぼれ落ちていく。
レインが私の手を掴み、手の平に自身の顔をこすりつけるようにする様子は……。
「なんだかクロみたい!」
「チェルシーがいつも額の辺りをこうやって撫でてくれるのが、気持ち良かった」
「……人間になったのに、まだ気持ちいいの?」
すると私の手の平に、自身の顔を押し当てたまま、まるで流し目をするかのように、こちらを見る。見慣れたサファイアの瞳なのに、心臓がドクンと大きく反応していた。
「うん。チェルシーにだったら、どこに触れられても嬉しいし、気持ちいいよ」
とても素敵な人間の姿で、とんでもなく甘々で、もふもふな猫みたいなことを言うのは……反則では!
「……人間というのは、随分とまどろっこしいのですね。再会を喜び、ハグをするのかと思ったのですが」
セフィラスの指摘に、ギクッとしてしまう。
ハグこそしていないものの、レインはまだ私の手を掴んだままだった。
それを見られた……。
それだけではないわ!
今、レインとなんだかふわふわした会話をしている様子を、セフィラスや他のエルフの騎士にも見られていたのかと思うと……。
猛烈に恥ずかしくなる!!!!!
そこで視界の端に捉えた人物に、心臓が大きく反応した。
そんな私の様子に、レインも手を離し、視線をそちらへと向けた。
「! お父様!」
エルフの騎士に連れられ、父親がこちらへと歩いて来た。
「チェルシー!」
本日二度目となる、父親との再会を喜ぶハグをしていた。
「お父様、怪我はないですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
「父さんがクローゼットに閉じ込められている間に、なんだかいろいろあったようだが……。そちらの貴公子は……どこかの王族の方かな?」
父親がレインを見て、キョトンとしている。
「話せば長くなるわ」
「ではわたしの館へ皆さん、どうぞ。……サール王太子と男爵令嬢、お二人はどうされますか?」
セフィラスに問われたサール王太子は、ルナシスタの肩を抱き寄せ、快活な笑顔になる。
「私は馬車を待たせている上に、村に軍の兵士が待機しているので、このまま村へ向かいます。……バークモンド伯爵。また王都へ戻ったら、話をしましょう。チェルシー、レイン殿下、お幸せに」
こうしてサール王太子達は森を離れ、レインと父親と私は、セフィラスと共に、森の中へ戻った。
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