第38話

「最後まで、改心するつもりはないのですね」

「ふふ。レイン、改心なんてするわけがないわ。もう一度、もっと恐ろしい呪いをかけてあげるわ! レイン、お前は」


短剣を手に、飛び出そうとする私を、セフィラスが止めた。

レインは剣を振り上げていたが、それを振り下ろす前に、魔女の体が倒れている。

魔女の体が地面に倒れ、さっきまで魔女がいた場所に、サール王太子の姿が見えた。


「私とルナシスタは、この場から退場する必要があったのですが、直感で、何かよくないことが起こりそうだと感じたのです。そこでルナシスタと共に、馬車で途中まで引き返し、その後は徒歩でここまで来ました。馬車には強盗に備え、槍を隠していたのです。それを手に、ここへ戻ったのです。そしてこの女……魔女がチェルシーに馬乗りになり、彼女の首を締め上げるのを、この目で見ました」


サール王太子は、私の首を絞める北の魔女を見て、その槍を使い、魔女の肺に風穴を開けた。そして今は腰に帯びていた剣を抜き――。


「この魔女が、あなたのことを何度も苦しめていたことも、先程の会話で理解したつもりです。ルナシスタに魔法石のイヤリングを渡したのもこの魔女。チェルシーの父親になりすましたのもこの魔女。そして私の手を黒く穢したのもこの魔女」


剣についた血を、駆け寄ったルナシスタが渡したハンカチで拭きとり、鞘に納めると、サール王太子は力強い目でレインを見た。


それは、乙女ゲーム『シュガータイムLove』をプレイしていた時に何度も見た、王道攻略ルートの凛々しいサール王太子そのものに見える。


「マーネ王国の王太子として、この魔女の悪行を見過ごすわけにはいかない。既に私の手は穢れています。罪のない生き物の命を奪っているのです。あなたがその手を汚す必要はない。私ではいろいろと役不足だったのでしょう。そして君のその手に、剣はあわない。その手で今度こそ愛する人を――チェルシーを幸せにしてあげて欲しい」


どれだけ魔獣に見えていたからと言って、クロを斬り捨てたサール王太子を、許すことなどできない――という気持ちがどこかにあった。でも今の姿を見て、考えは大きく変わる。


サール王太子は、ただただ本当に、正義感が強い人だった。

その結果、サール王太子が、汚れ役を買って出てくれたようなものだ。


反呪い魔法は、代償が必要だった。それは私とレインの死。


前世ではクロを守ろうとして、この世界ではクロに会いたいと願い、竜巻と魔女ににより、私は死と臨死を経験した。そしてクロの姿だったレインは、サール王太子の手で……。


さらに北の魔女を倒す必要があったが、どこかでレインに、誰かの命を奪うような行為をしてほしくないと感じていた。


それはきっと私が、前世の日本人の感覚を有していたからだろう。事件や事故もあり、戦争だって前世では起きていた。でもこの世界のように、兵士として人を害するのが仕事です――そんな人がすぐ隣にいるような環境で、生きていたわけではなかった。ゆえにレインが、例え宿敵であったとしても、北の魔女に剣をふりおろす瞬間は、見たくないと感じていた。


そうなるぐらいなら、レインの代わりに私の手を汚す。そう思って短剣を握り締め、飛び出す覚悟だった。


でも北の魔女は、サール王太子が倒してくれた。

まさに見事なまでに、汚れ役を貫いてくれたサール王太子には、もう怒りの気持ちはなかった。


気づけばサール王太子とレインは握手をして、会話を行い、そこでレインはどうやら自身がクロであることを明かしたようだ。サール王太子が大きく目を見開き、驚いている。


その間にも北の魔女の体は、エルフの騎士により、別の場所へ転移させられていた。


私の手から短剣を取り上げたセフィラスは、こう教えてくれる。


「北の魔女が生まれたのは、北の渓谷という、大陸の亀裂と言われる場所です。ここから遥かに遠い場所で、その渓谷はとても深く、暗く、孤独な場所とのこと。ですがその渓谷の左右の山は、万年雪が積もっているものの、眺望は大変美しいそうです。朝陽、夕焼け、星空、月夜と、自然を楽しめると言われています。そこに北の魔女の体を、安置させることにしました」


ここにもセフィラスの善性を見た気がする。

その体を燃やし、灰にしてこの世から消し去る――なんてこともできるだろうに。

それをしないなんて。


「これでようやく終わりました。北の魔女は死して、レイン殿下とチェルシー嬢にかけられていた呪いも解けたのです。後は三人の魔女が反呪い魔法で言っていた通り。『解呪(げじゅつ)と共に、北の魔女は滅びる。そしてついに王子と愛する女性は、永遠に結ばれる』ですよ」


セフィラスの言葉に、胸がジーンとした時。


「……チェルシー!」


これまでにない程、甘みを帯びた優しい声に、名前を呼ばれた。

その瞬間、とてもつもない喜びで全身が震える。


高鳴る鼓動と共に、声の主(ぬし)を見た。

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