第37話

「あの男爵令嬢の負の感情をあおり、チェルシーを亡き者にしようと考えた。そこでチェルシーの父親を魔法で操り、金庫に保管されたレッドダイヤモンドのイヤリングを、魔法石のイヤリングにすり替えさせたのよ」


ということは、ジルが犯人ではないということだわ。

ジルを疑ったことを申し訳なく思う。


「あの、ジル様は?」

「先程、騎士に館へ運ばせました。まだ北の魔女からの告白を聞いていませんが、恐らく、ジル様はこの件とは無関係でしょうから」


セフィラスの言葉に、心底ジルに「ごめんなさい」と思う。


「チェルシー嬢、あの場では多くの者が、ジル様を疑っていました。わたしでさえ、話の流れから、魔女の手に落ちた……と考えてしまったぐらいです。ジル様の、チェルシー嬢を想う気持ちが高じ、魔女の罠にはまったと。ですからあまりご自身を責めないように」


限りなく優しいセフィラスに感動しつつ、レインの背中、そして北の魔女に視線を戻す。

私と対峙した時と比べ、北の魔女は、かなり顔色が悪い。

そこで黒いドレスが、ベットリ血にまみれていることに気づいた。

色が黒のドレスだっため、今気づくことになったが、セフィラスの言う通り、あれは重傷だ。


「ジルに対しては何を」

「してないさ!」


レインの問いに、魔女は吐き捨てるように叫び、弁明を続けた。


「その男が、チェルシーに好意を抱いていることには気づいた。私がけしかけるまでもなく、勝手に動くと思ったし、チェルシーを罠に落とすなら俄然、男爵令嬢に加担した方がいいと思ったのよ! だからその男については何も……いや、さっき、少し操ったわ。短剣を使い、チェルシーを害してやろうと思ったけど、セフィラスに邪魔されたわ」


「チェルシーの父親の姿に化けたのは、ではついさっきということか?」


「ええ、そうよ。ジルという男とチェルシーの父親が、近くの村に向かった。そこで宿の一階の飲食店に入ったから、そのまま後を追ったのよ。トイレに立った際に、父親は魔法で眠らせ、空き部屋のクローゼットに閉じ込めた。そして父親の姿に魔法で化け、ここへ来たのよ」


ここで父親が生きていると分かり、心から安堵することになった。

隣でこの話を聞いていたセフィラスは騎士に声をかけ、父親の救出を命じてくれる。


「北の魔女。あなたはそうやってこれまでも、何度も何度も、僕の愛する人を手に掛けてきた。僕に血の涙を何度も流させ、苦しめ、絶望させる。そんなことをして、何が楽しいのですか? もう終わりにしましょう。僕はどんなことがあっても、あなたのものになるつもりはない。僕の心はどれだけ邪魔をされ、失意のドン底に落とされても、必ずそこから這い上がります。愛する人を今度こそ幸せにしてみせますから」


「生意気な。ただの人間風情が偉そうに」


魔女が炎を放った。だがそれは、レインの周囲のエルフの騎士による妖精(エルフ)魔法で、完全に封じられてしまう。炎は碧い光により、瞬時に氷となり、落ちて砕けた。


あれは炎に見えるけれど、魔力の塊なのよね。だから凍り付き、砕ける……。


目の前で起きた出来事を分析しつつ、頭の中ではレインの言葉に胸がときめき、そして痛みも感じていた。これまで私はレインの目の前で、何度も北の魔女の暗躍により、命を落としていたのだろう。その度にレインは、言葉にできないような苦しみを味わってきたはずだ。それでも諦めず、私を求め続けてくれた。


だがそのループから、解放される。ここで北の魔女が倒れれば、レインの絶望も終わるんだ。


気づくと、そこに短剣が落ちている。

多くのエルフの騎士が動き、蹴飛ばされる形で、ここまで転がって来ていた。


さっきはすぐに動かず、北の魔女に害されかけた。

もう、負けない。

北の魔女に、これ以上レインを苦しめさせない。


素早く短剣を拾い、鞘から剣を抜いた。

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