第35話

背中から短剣で刺される――。


そう覚悟したが、そうはならなかった。

セフィラスが動いてくれたのだ!


ジルは意識を失い、その場に倒れ、駆け寄ったエルフの騎士により拘束された。


「……チェルシー嬢、どうしますか? 彼からは北の魔女について、いろいろ聞きたいのでしょう?」


セフィラスに問われ、その通りだったが、でもこれ以上、彼(エルフ)に迷惑をかけられないと思った。


「お父様が乗って来た馬車がありますよね。それでジル様のことを連れ帰り、屋敷で一旦、拘束いただけますか?」


父親から離れ、その顔を見上げた時。

口元が不自然にニヤリと笑っているように見えた。

父親がそんな顔をするなんて……と思った瞬間。


周囲にいたエルフの騎士が一斉に地面へと倒れて行く。

さらにセフィラスまでもが膝を折った。


「邪魔なエルフの拘束は完了だ。森の中には恐ろしいほど妖精(エルフ)魔法が使われていて、驚かされた。魔法と言えば、魔女が本家だというのに、ここまでとはな! だが森の外はどうだ。人間をむやに巻き込まないため、何もしていない。この森の外に出たことで運が尽きたな、エルフ王の血をひく、セフィラス王子よ!」


父親が何を言いだしたのかと、私は身を固くすることになる。

一方、セフィラスは父親を睨み、口を動かすが、声が出ていない。

つまり声を封じられていた。


「珍しい紫色の瞳」


父親の言葉にギクリと体が反応し、視線をセフィラスから目の前に戻すことになる。


「小柄だが、体にメリハリはある。手足もスラリと長く、見事なストレートのホワイトブロンド。しかも王太子妃教育を終えた才女。さらに父親を自らで庇おうとする献身ができる女……なるほど。その魂は眩しいほどの輝き。あのレインが追い求めるに相応しい魂だ!」


ゆっくり、一歩ずつ、父親から離れようと後退する。

父親……の姿をしているが、違う。

操られているの? それとも父親の姿に化けているの?

どちらであっても確かなことは……これは父親ではない。

北の魔女だ……!


足に何か当たったことに気が付く。


ジルが手にしていた短剣だ。


目の前にいるのが本物の父親なのか、魔女が化けた姿なのか、はたまたゴーレムのようなものなのか、分からない。この短剣を拾い、立ち向かうことが正解なのか。


「人間として優れていようと、ただの小娘に過ぎない。余計なことはするんじゃないよ」


目の動きでバレていた。

拾おうとした短剣は、魔女の足でけられ、離れた場所に移動してしまった。

目の前に父親の姿はない。そこには黒いドレスを着た真紅の口紅の、妖艶な美女がいる。


北の魔女が、父親に化けていたんだ……!


迷わず、拾えばよか――。


突然首を掴まれ、本能的に魔女の手を掴んでいた。

女性なのに、とんでもない力の強さで、かつ爪が皮膚に食い込むのが分かった。


「私の手に入らないレインなど、もういらないわ。ついぞレインも死に、私が生き残った。お前たちの負け。二人の魂は永遠に結ばれることはない。絶望の中でお前もこの世から退場するがいいわ!」


魔女の底なし沼のような黒い瞳を見てしまい、その瞬間、全身から力が抜ける。

膝から崩れ落ち、そのまま仰向けになる私に魔女が馬乗りになり、さらに首を締め上げた。


敗北。


そうなのだろう。

乙女ゲームの悪役令嬢としては、断罪回避に成功できた。だが私にはもう一つの因果があったのだ。魔女がかけた呪いからは、逃げられなかった。


ドクン、ドクンと大きな音が耳の近くで聞こえている。

心臓がそこにあるようだ。

声はでない。

頭の中が爆発しそうに感じる。


クロ……レイン。


記憶を継承することなく、転生していた私はレインの姿が分からない。

最期にに一目見て見たかった。

レインの姿を。


でもいいわ。

私にとっては、あのもふもふのクロが全てだから。

大好きなクロのサファイアの瞳が一瞬、脳裏に浮かんだ。


その後は――色のない真っ暗な闇。無音。静寂。

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