第31話

ルナシスタはセフィラスを見て感動している。

だがセフィラスは氷のような冷たい表情で、淡々と告げる。


「ここは本来、あなたのような人間の滞在を許すような場所ではありません。ここにあなたがいることはわたしにとって非常に不快です。もしわたしの気分を害するような言動があれば、瞬時にこの場から退場いただきます。その時、あなたがどこに移動するかは、わたしも分かりません。氷山の頂上や湖のど真ん中であったとしても、わたしは責任をとるつもりはないので」


言われたルナシスタの顔から、分かりやすくサーッと血の気が引いて行く。

まさに顔面蒼白になったルナシスタから視線を逸らすと、セフィラスはソファセットの方へ移動する。その様子を見届け、私はルナシスタに声をかけた。


「ルナシスタ男爵令嬢。どうしてあんなにヒドイことをしたのですか? あんな風に扇子でクロ……猫を叩いたり、私を打つなんて、そんな行動、やり過ぎではないでしょうか」


「それはあなたが生意気なた」


そこでルナシスタの顔が引きつる。ハッとして振り返ると、ソファに座るセフィラスがそのエメラルドのような瞳で静かにルナシスタを見ていた。その顔に表情はない。でもその目に見られるだけで、氷水に浸かっているような寒気に襲われる。直接視線を向けられているわけではない。その私がここまで感じるのだからルナシスタは……。


震えていた。


今は初夏なのに。


「チェルシーさんの態度が、その、どうしても、気に食わなくて……」


落ち着かない様子のルナシスタの手が耳へと向かう。

その手はレッドダイヤモンドのイヤリングに触れている。


「……そのイヤリングのことも偽物だと言いましたよね? 本物のレッドダイヤモンドであると確認したはずなのに。どうして嘘をつくのですか? それに偽物だというなら、なぜ会うたびにそのイヤリングをつけているのかしら?」


「そうよ、これは偽物よ! このイヤリングが届けられた時。確かに鑑定書もついていたわ。でも再度、鑑定させたのよ。そうしたら精巧に作られた偽物だって言われたのよ!……言われました」


チラリとセフィラスの方を見て、ルナシスタは語尾を和らげる。


「そんなわけがないわ。そのイヤリングはジル様自らが隣国から我が家まで運んでくださったのよ。それを私がルナシスタ男爵令嬢のお屋敷まで届けたのです。誰かがすり替えたりなど、できないはず。……もう一度、鑑定させていただけませんか?」


「鑑定する? チェルシーが……チェルシーさんが鑑定するのでは、嘘をつけますよね?」


私が偽証することが前提なのね。

そこでチラリとセフィラスを見ると、彼は静かに頷き、ソファから立ち上がる。


「セフィラス様は見ての通り、エルフです。エルフは人間に対して中立の立場をとり、かつ宝石にも詳しい。彼に鑑定いただくのでどうでしょうか?」


ルナシスタは眉根を寄せ、あからさまに嫌そうな顔をするが、「ノー」とは言わない。渋々と言った表情で、イヤリングを外そうとする。セフィラスがこちらへとやってきた。


「……外れないわ」


「どういうことですか? それはネジバネタイプの留め具になっているので、緩めれば外せますよ」


「そんなこと言われなくても分かっているわよ! 外れないのよ!」


ルナシスタが叫んだ瞬間、セフィラスが「あぶない」と私を抱きしめ、床へ倒れこむ。

男性の呻き声と、ルナシスタの悲鳴、扉が開く音と、エルフの騎士達の美しい声と様々な音が重なる。


「わたしの館でなんてことを……」


呻くように呟くと、セフィラスがエルフの騎士達の声に重ねるように言葉を囁く。

何が起きているのかと、ベッドにいるルナシスタを見ると……。

いつの間にか目覚めていたサール王太子が起き上がり、ルナシスタの両耳を押さえていた。

そしてその手は赤い炎に包まれている。


だがしかし。


その炎の周りを青い光が幾重にも包み込む。するとその炎は次第に赤みを失い、やがて黒い煤を散らし、消えた。


「うっ」と呻き声をあげ、サール王太子がルナシスタから手を離す。

彼の両手はどす黒くなっている。ルナシスタがサール王太子の黒い手を見て、悲鳴をあげた。

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