第30話
本来、人間の出来事に干渉しないとセフィラスは言っていた。
それでもあの場に現れ、「そこまでです」と告げ、皆の動きを止めるため、気絶させたのは……セフィラスが善性の強いエルフだったからだ。レインのこともずっと知っていた。人でありながら何度もループし、苦しむ彼を放っておけなかった。
人の手で森は燃やされ、多くの仲間が西の地へと旅立ったのに。
セフィラスはこの地に残った。
もふもふと仲間のエルフを愛し、本来は嫌っているはずの人間にも優しく接してくれる。
彼の善性に心から感謝することになった。
つまりセフィラスに御礼の言葉を何度も伝えることになったのだ。
そして彼の館があるこのツリーハウスの一角に、サール王太子とルナシスタがいる。
サール王太子が連れていた軍の兵士は、すべて近隣の村へ移動させられていた。
その一方で私の父親とジルは、村から森へ移動中の兵と合流するため、森の外へ出たのだという。
サール王太子の軍が再びこの森へ戻って来る前に。
ルナシスタに話を聞こうと思った。
なぜなら。
ルナシスタはこの乙女ゲームの世界のヒロインだ。
そのヒロインがあそこまでヒドイ行動をとるなんて、おかしい。
北の魔女は暗躍する。
きっとルナシスタは、北の魔女に操られていたんだ。
ただ、その前に。
「レイン殿下に……クロに会うことはできますか?」
「ええ、ご案内しましょう」
セフィラスに案内されたのは、礼拝堂のような部屋だった。
正面にバラ窓があり、そこから射し込む柔らかい光が、室内を満たしている。
そのバラ窓の下に、大理石で出来た祭壇のようなものがあり、そこには真っ白な百合が飾られ、その中央に……。
視界が霞むのは、溢れ出る涙のせいだ。
セフィラスに支えられ、その祭壇のところまで向かい、横たえられたクロを見た瞬間。
立っていることができない。
前世記憶が覚醒する前から、ずっとそばに当たり前のようにいてくれたクロが今、こんな姿で動かないことに、もう耐えられなかった。あの場にクロを連れて行かなければ……。後悔とクロが倒れる瞬間が思い出され、気を失いそうになる。
号泣する私にセフィラスは「この後のこともあります。一旦、その悲しみを癒しましょう」と言って、涼やかな声で何かを唱える。
波がすーっと引いていくように、悲しみの感情が消えて行く。
気づくと廊下にいる。
「……行きましょうか。強制的に感情を抑えたこと、お許しください」
「いえ。むしろ、ありがとうございます。私は……泣いている場合ではないですから。私がすべきことがあると思うので」
「チェルシー嬢はお強いのですね」
微笑むセフィラスに案内してもらい、サール王太子とルナシスタがいる客間へ向かった。
そこは陽射しが優しく降り注いでるが、窓には蔦のように格子が巡らされている。
調度品などは私の部屋と同じだが、逃亡はできないようにしているのだろう。
だが仮にこの部屋から、館から出ることができても、ここは巨木の上だ。
地面へ自力で降りるのは……無理だと思う。
「どちらと話をされますか?」
「ルナシスタ男爵令嬢……こちらの女性と話します」
「分かりました。ではチェルシー嬢はこちらの椅子にお座りください」
サール王太子とルナシスタは、それぞれ天蓋付きのベッドで横になっていた。
セフィラスはルナシスタが眠るベッドのそばに椅子を置いてくれる。
私がそこに腰かけると、セフィラスは美しい声で、不思議な言葉を呟く。
するとルナシスタが目を覚ます。
その目覚めは無理矢理だったのだろう。
ルナシスタが眉間にしわを寄せ、苦しそうな表情となる。
だがその視界にセフィラスを捉え、息を呑む。
気絶させられた時は、一瞬しか見ていなかったのだろう。
まじまじとセフィラスの姿を見て、ルナシスタは感動しているようだ。
だが、そのセフィラスは、こんなことを淡々と告げる。
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