第29話
北の魔女は王子が自分のものにならないと分かると、恐ろしい呪いの言葉を口にした。
「私の物にならないのならば、この王子の魂に呪いをかけてやる。王子が愛した女性は必ず死ぬ」
呪いをかけた北の魔女は、反論は受け付けないとばかりに、国王と王妃の前から姿を消した。
一方、これを聞いた他の三人の魔女は、素早く反呪い魔法を発動させる。
「王子が愛した女性の魂は、魔女の呪いが届かない異世界へ転生する」と南の魔女が叫ぶ。
「北の魔女から愛されないように、王子は猫の姿となり、愛する女性を追って、転生する」と東の魔女が唱える。
「王子を想い、愛する女性が死に、また愛する女性を想い、王子が死した時、北の魔女の呪いは解かれる」と西の魔女が詠唱した。
さらに最後に三人の魔女が声を揃える。
「「「すべては秘密裡に。北の魔女に悟られないように。沈黙の中で呪いは解かれ、解呪(げじゅつ)と共に、北の魔女は滅びる。そしてついに王子と愛する女性は、永遠に結ばれる」」」
南の魔女、東の魔女、西の魔女が発動させた反呪い魔法は、北の魔女に知られてはいけない。解呪(げじゅつ)、すなわち呪いが解ける時、北の魔女も滅び、王子と愛する女性は、ようやく結ばれることになる。
さらに「一度で解決する――とは限りません。試練は繰り返されるかもしれないでしょう。ただ、諦めないでください」と南の魔女は付け加える。
「北の魔女の呪いはとても強いものです。一切の綻びも許されません。もしも王子の愛する女性が、他の男性に心動かされることがあれば、王子の命は弱まるでしょう」――そう東の魔女は告げる。
「呪いを解くというのは、生半可なことではありません。北の魔女が強い魔女であるからこそ、その呪いを解くために、
『このような一件がありましたが、その後、王子は問題なく成長します。聡明で、賢く、優しい心を持った、大層美しい青年となりました。そして王宮で開かれた舞踏会で、一人の令嬢と出会い、恋に落ちるのですが……ここで北の魔女の呪いが牙を剝き、王子が恋した令嬢は、命を落とすことになります。国王はここで初めて、王子に北の魔女の呪いがかけられており、反呪い魔法も発動されていることを、王子に知らせることになりました。そこから王子の苦難のループがスタートします』
セフィラスの語る王子の生きた道は、まさに苦行だ。
すべては秘密裡に。
だが北の魔女は、それとはなく王子と彼の愛する女性の周囲で暗躍する。そして王子が愛する女性は、命を落とし、異世界へ転生。王子は猫の姿で彼女を追う。異世界において、かの女性は猫の姿の王子のために命を落とし、そして転生した新たな世界で再び人の姿となった王子と出会う。だが、二人が恋に落ちた時、またも北の魔女が動き、愛する女性は命を落とし――。
無限にも感じられるループ。
いつしか王子自身でさえ、自分の繰り返される悲劇に、何が目的なのか、分からなくなることもあった。
『今回、クロ様……本来の名は、レイン・リム・エヴァンズは、なぜかこちらの世界へ戻っても、猫の姿のままでした。何かが違ってきている。これまでとは違う結果になるのではと思ったのですが……。確かに初めての出来事が起きました。愛する女性を想い、王子は……クロ様が命を落としたのです。これで北の魔女の呪いは解けたのだと思います。ですがこの世界に、クロ様……レイン殿下が愛する女性は残りましたが、肝心の殿下が……。まだ何かが終わっていないのかもしれません』
「セフィラス様。つまり私が……クロの……レイン殿下が愛した、転生を繰り返す令嬢ということなのですね?」
自分の声に目が覚める。これまで夢を見ていたのかと思ったが、視界にとらえたセフィラスが即答した。
「そうですよ。チェルシー嬢」
不思議な体験だった。セフィラスは眠る私に語り掛けていた。そして私は夢の中で、セフィラスと会話しながら、彼の語る過去の出来事を夢……映像として見ていたのだ。映像……とは言っても、人物はぼやけ、その顔はハッキリとは見えなかった。でもシルエットとして、それが人であると認識はできている。
そこで理解した。
北の魔女の呪い。南の魔女、東の魔女、西の魔女による反呪い魔法。まるで童話のように思えたが、それはこの世界で起きた出来事だった。永遠を生きるエルフであるセフィラスが、実際に目の当たりにした事実なのだ。
クロは……レインはずっと私を愛し、追いかけ続けてくれていたのね。
何度も私と恋に落ち、辛い別れを経験し、追いかけ、失って――彼だけが記憶を保持し、私は何も知らずに……。でも全てを知ったのだ。そして反呪い魔法の条件は揃い、呪いは解かれ、北の魔女は滅び、レインと私は永遠に結ばれるはずだった。
それなのにここに、レインはいない。
セフィラスの言う通り、何かが終わっていないのだ。
もう二度とレインが苦しむ事態にはさせない。決着をつける。
そう決意した私は、ベッドから起き上がった。
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