第28話

サール王太子は、乙女ゲーム『シュガータイムLove』の攻略対象の中で、騎士団の団長に次ぐ、武力が秀でているキャラクターだった。まさにヒロインのお相手として、ヒーローであり、魔物に対して怯むこともない。周囲の兵士が総崩れなのに、ただ一人、魔物に立ち向かった。


それは……相手が本当に魔物だったら、称えられるべき行動。


だが、相手は魔物ではない。

幻影スキルを使った、ただのもふもふの猫なのだ。クロなのだ。


クロは私を一方的に攻撃するルナシスタから私を守ろうとしただけだった。

もふもふと言ってもクロだって鋭い牙と爪を持っている。

ルナシスタに飛び掛かることだってできた。

自身も扇子で打たれるているのだから。

でもそうはせず、幻影スキルを使い、脅かしてルナシスタを止めようとした。

ルナシスタを傷つけずに、ただ止めようとしただけなのに。


「ギャッ」と一声鳴いた後、その場に倒れたクロは動かない。


同時に魔物の姿は消えたので、兵士達が立ち上がり、サール王太子も剣を握ったまま固まっている。


「殿下、魔物はこの女が、チェルシーが連れていた猫だったのですよ! 化け猫だったのです! まだ生きているかもしれません。とどめを刺し、燃やしましょう」


ルナシスタの「まだ生きているかもしれません」という言葉に脳がようやく動き出す。

それでもその脳の動きは正常とは程遠い。

正しく認識することを、本能が拒否していた。


「クロ」と呼びかける。


少し離れた場所で倒れたクロはピクリとも動かない。


そんなことはない。そんなことはないわ。

中庭でも突然クロは倒れたけれど、ちゃんと呼吸して生きていた。


「クロ、クロ、クロ!」


四つん這いでクロに近づき、その体を抱き上げる。

まるで軟体動物になったかのように、手足にも尻尾にも力がなく、首が頭ごと後ろにそれた。

その瞬間。

何が起きたかを理解して、心臓が止まりそうになった。


「チェルシー、離れろ。それはルナシスタの言う通り、化け猫だった。魔獣となり、我々に襲い掛かった」


肩に触れたサール王太子の手を振り払い「触らないで!」と叫んでいた。


「殿下! その女は不敬罪です! 今すぐ処罰すべきです!」


ルナシスタが吠えたその時。


「そこまでです」


セフィラスの凛とした声が聞こえ、その場にいた全員が、私も含め、意識を失った。



ベッドに横たわる私は夢を見ている――と思う。


『エルフにとって、時間とはあってないようなものです。よってこれがいつの出来事なのか……。きちんと記録にとらないとダメですね』


セフィラスの澄み渡った声が聞こえてきた。


『これはまるで童話のようにあなたには聞こえるかもしれません。でもこれはOnce Upon a Time……そう、遥か昔に起きた出来事なのですよ』


そう言ってセフィラスはこんな物語を聞かせてくれる。


とある王国に待望の王子が誕生した。

サファイアのような瞳にアイスブルーの髪。

赤ん坊ながら鼻筋が通った端正な顔立ちをしており、透明感のある艶やかな肌をしていた。

将来はさぞかし立派な王子に育つと、国王も王妃も大喜びとなった。


王子の誕生を祝い、周辺の森で暮らすエルフや沢山のもふもふがお祝いに駆け付けた。


その中に四人の魔女がいたのだ。


北の魔女、南の魔女、東の魔女、西の魔女。


北の魔女は美しい赤ん坊の王子を見て、将来間違いなく、麗しい貴公子として育つことを確信した。魔女もエルフと同じで永遠を生きる。命を奪われなければ、死ぬことはない。よってまだ赤ん坊の王子に求婚したのだ。


これには国王と王妃は驚いてしまう。


まだ誕生したばかりの赤ん坊の王子。しかも魔女からの求婚だ。国王と王妃が動揺するのも当然だった。


だが北の魔女は強欲。国王と王妃が即断しないことに腹を立てる。


「私の物にならないのならば、この王子の魂に呪いをかけてやる。王子が愛した女性は必ず死ぬ」

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