第27話
「婚約指輪は勿論、お返しします」
本当は先に外しておきたかった。
でも外した指輪を紛失でもしたら大変。
そこで左手につけたまま、ここまで来たのだけど……。
「……チェルシーさん、あなたもう、殿下の婚約者ではないのよ? それなのに婚約指輪をつけたままなんて。なんて図々しいのかしら? しかもここは魔物の森よ。婚約指輪に傷でもついたらどうするおつもりでしたの? そんなに王太子の婚約者の座にしがみつきたかったのかしら?」
クロの毛が逆立っているのが分かったので、そうっとその背を撫でる。クロを宥めつつ、そのもふもふの毛で私自身の心も落ち着かせていた。
「気が回らず、申し訳ありません。魔物がいるような森で婚約指輪を外し、ポケットにいれ、どこかに落としては……そう心配し、指につけたままでいました。それではお返しします」
そう言いながら、指輪を外し、差し出すと。
サール王太子とルナシスタが同時に手を出した。
これにはもう、勘弁してよ……と思ってしまう。
どっちが受け取るか、決めておいて!
ただ、この婚約指輪は王族の宝物庫にあったもの。しかも婚約した際、王族から婚約者に贈るのが慣例。そして私はこの婚約指輪をサール王太子から受け取ったのだ。返すならサール王太子に対してだろう。
そう思い、サール王太子の手に乗せようとすると。
「まあ、驚きましたわ! まさかチェルシーさん、平民のくせに、殿下に指輪を渡すおつもりなの!?」
「ルナシスタ、これは私が受け取り、君に贈るから」
「いいえ、殿下。殿下は王太子なのですから! 気安く平民と触れ合ったり、話してはなりません!」
「いや、ルナシスタ、触れ合うつもりは……」
「茶番だな」「仕方ないわ」と思わずクロと小声で会話してしまう。サール王太子との会話に、ルナシスタは夢中だと思っていたから。ところが!
「なんですの、独り言をブツブツと! 私達がこんなところまで来ることになったのは、誰のせいだと? あなたが婚約指輪をとっと返却しないからでしょう? 第一、王族や貴族と話しているのに、肩に猫を乗せているなんて、失礼極まりないのよ!」
ルナシスタが手にしていた扇子でクロを叩き落とした。
扇子なんて令嬢が持つような装飾品だ。それでも象牙が使われている。しかもクロは猫なのだ。そんなもので叩かれたら、痛みを感じる。なんてヒドイことをするの、ルナシスタは!
頭に来て、婚約指輪を投げつけると、ルナシスタは鬼の形相になり、サール王太子は転がる指輪を追いかける。
「平民のくせに、生意気よ!」
いきなりルナシスタに髪をつかまれ、押されたので、尻もちをつき、ひっくり返る。
ビリッと嫌な音がして、ドレスの裾が茂みに引っ掛かり破れたようだ。
頭に来て、ルナシスタを睨むと、「何よ、その目つきは!」と扇子を振り下ろされる。
扇子はそんな用途で使うものではない!
でもルナシスタは何度も私の腕を打ちつける。
象牙なので相応の強度があるので、打たれた腕が赤くなっていく。
その時だった。
「うわあ、魔物だ!」
兵士達が叫ぶ。
多くが驚愕し、武器をとることもできない。その場から逃げ出す者もいる。
「きゃあああああああ」
ルナシスタがヒステリックに叫び、サール王太子は青ざめながらも剣を抜く。
彼らの視線の先を見ると、そこにいるのはクロ!
クロは威嚇のポーズをとっているが、私からすると、愛らしいもふもふがご立腹している姿にしか見えない。
だが視線を元に戻すと、ルナシスタは驚愕の叫び声をあげ、兵士達は腰を抜かし、地面を這う。
まさに阿鼻叫喚。
クロが幻影スキルを使っていると分かる私は、このシュール過ぎる状況に、思わず笑ってしまう。
「チェルシー、あぶない!」
背後から声が聞こえ、父親が飛び出したが、妖精(エルフ)の罠を踏んだようで、パタンとその場で気絶してしまう。それを見て、ジルは飛び出すかどうか、迷っている。
私以外、クロはとんでもない魔獣に見えているのね。
もう十分だと思った。だから小声でクロに「もういいわよ」と微笑んだその時。
「この、化け物め!」
サール王太子が叫び、クロめがけて剣が振り下ろされた。
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