第26話
セフィラスの館が森のかなり奥にあったことを実感することになった。
何せ歩いても、歩いても、森の外にはたどり着かない。
しかもドレスだと歩きにくいのだ、とても!
見かねたジルが私をおぶってくれたけど……。
大人の男性でも、森の中、成人女性をおぶって歩くなんて「なんの苦行ですか?」という話。
しかももれなくクロもついてくる。クロは器用に肩乗りもふもふ猫になれるのだ!
ということでジルは私をおぶって、道なき森の中を十五分も歩くと、息が切れた。
「すまない、チェリー。君が重いわけではないんだよ。……自分が運動不足なだけだ」
何度も謝罪され、私は「森の中ですから、気にしないでください」と励まし、そして地面に降ろされた。この様子を見ていたエルフの騎士が私に尋ねる。
「十分、ドレスはボロボロになったと思います。私共の力で移動してもよろしいでしょうか?」
エルフの騎士に問われ「ノー」を選ぶ余地などなし。「ぜひお願いします」と返事をして三十秒後には、妖精(エルフ)魔法により、森の外に近い場所へ移動できていた。
「この辺りには、妖精(エルフ)の罠が複数仕掛けれています。不用意な動きをしないよう、お気を付けください」
エルフの騎士が押さえた声でそう告げると、皆、こくりと頷く。
まだサール王太子達の姿は見えないが、馬のいななく声、「パカラッ、パカラッ」と蹄が地面に当たる音が聞こえている。そこかしこに兵士が控え、サール王太子達がいると、伝わってきた。
耳を澄ましたエルフの騎士は、何かを呟く。美しい声音だが、やはり何を言っているかは分からない。そのエルフの騎士が手の平をかざすと、そこにぽわんと白い光が現れた。ゴルフボールぐらいのサイズの光だ。
「チェルシー嬢、この光があなたを導きます。この光に沿い、歩いてください。道を外れれば、妖精(エルフ)の罠が起動します。そして私共が随行するのはここまでです。ここから先、森の外にいる人間、チェルシー嬢や他の皆様に何があっても、私共は関与いたしません。ここで待機しています」
「ありがとうございます。十分です」
「ご武運を」
エルフの騎士は自身の胸に手を当て、軽く頭を下げる。
優雅だった。
「クロ、行くわよ」
「うん。行こう」
肩乗り状態のクロに声をかけ、後ろを振り返ると、父親とジルも頷く。
ギリギリまで父親とジルは私についてくるが、最終的には待機してもらい、サール王太子達に姿を見せるのは、私とクロだけだ。
慎重に、光の導きに沿って進んで行くと。
見えてきた。
兵士達の姿が。
いよいよ父親とジルには待機をお願いし、クロと共に光の後を追う。
そして――。
「チェルシー!」
金髪に空色の瞳。グレーの軍服姿のサール王太子が白馬から降り、私の方へ近づこうとする。
「殿下!」
拗ねたような甘え声に、サール王太子はハッとして、後ろを振り返る。そこには白馬で横座りするルナシスタがいた。サール王太子の軍服に合わせたかのようなグレーのローブを着て、フードを頭に被っている。高貴な身分の令嬢のお忍び外出スタイルだ。
「……!」
ルナシスタは、耳に偽物と指摘するあのレッドダイヤモンドのイヤリングをつけている。偽物と分かっているのに、これをつけてくるということは……。まさかレッドダイヤモンドの件も、持ち出すつもりなのかしら?
サール王太子の手をかり、馬から降りるルナシスタは「殿下、馬は高さがあって怖いですわ」と、これみよがしに彼に抱きつく。その際、なんというのかしら。自身の体をサール王太子に押し付けるようにしている。おかげでサール王太子は顔から耳から首まで真っ赤になっていた。
あざといわね。
ヒロインなのだから、こんなことしなくてもいいのに。既に攻略されたサール王太子の好感度は、MAXなのだから。しかも人前でイチャつくカップルは、目を逸らしたくなる光景ナンバー1だと思う。
サール王太子にエスコートされ、ルナシスタがこちらへと歩いてくる。
その目は上から下まで私の姿を検分し、そして口角が「ニヤリ」と上がった。
想像通りのボロボロのドレス姿に、ルナシスタはご満悦なようだ。
「ボク、あんな意地悪な顔をする女性は嫌いだよ」とクロが耳元で囁くが、それは同感。肩にのるクロの背を撫で、そしてついに目の前にやってきた二人と向き合う。
「チェルシー、実は」「チェルシーさん。殿下の婚約指輪、返却いただけるかしら?」
サール王太子の言葉を遮り、ルナシスタが私に話しかけた。
しかも「チェルシーさん」という呼び方。
国外追放され、もはや私は伯爵令嬢ではない。
平民のただの女性だから、“チェルシーさん”で間違いではないと分かっている。
それでもなんだかこれ見よがしに言われると……。
「嫌味な言い方だね」
クロの言う通り!
挑発されている気がするが、それはグッと堪えた。
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