第25話

サール王太子とルナシスタが、昨日の今日でこの森へやってきた理由はよく分かった。


魔物に私がどうかされる前に、婚約指輪を取り戻したいということだ。


あとは私に出て来いと言っているのに、父親とジルが出て行き、婚約指輪を返した場合。サール王太子とルナシスタはどう出るだろう? ジルの言う通り、隣国の貴族に手出しはしない?


この場合、考えるべきは、サール王太子より、ルナシスタの気がする。サール王太子は既にルナシスタの尻に敷かれている状態に思えた。


ルナシスタの性格を踏まえると、私に出て来いと言っているのに、私が出て行かないことに、まずカチンとくるはずだ。それにルナシスタとしては、魔物の森で一晩明かし、ズタボロになっている私の姿を見てやろうという気持ちになっていることも、想像できる。さらに私がここで快適な一晩を過ごしたと知ったら、歯軋りして悔しがり、何かを仕掛けてきそうだった。


それにジルはレッドダイヤモンドの取引の場に同席している。ルナシスタが嘘をついたことを知る人物だ。ここで再会したのをいいことに、騒がれると困る相手であるジルを、害する可能性もある。どう考えてもサール王太子が率いている軍と、ジルの私兵では量においても質においても、差があり過ぎると思う。


つまり、ジルの私兵は敵わない。それに戦禍の火種にさせない方法もある。つまり、ジル達は魔物に害されたとしてしまえばいいのだ。自分らが駆け付けた時には、魔物により既に全滅だったとサール王太子が言えば「仕方ない」となる可能性が高い。


以上を考えた結論。


ここはズタボロの服で私が出て行き、婚約指輪を返却し、速やかに帰ってもらうしかない。魔物に襲われ、ボロボロの私を見たら、放っておいても野垂れ死ぬと思うはずだ。


私がこの結論を伝えると、父親もジルもしばらく反論を考えたが、無理だった。そこで遠くから私の様子を見守り、いざとなったら動くということで落ち着いた。


私が着ていたドレスは処分されたと思っていたら、違う。なんとエルフの職人の手で、美しく生まれ変わっていたのだ。せっかく修繕してくれたのに。ボロボロにするのは残念だが、仕方ない。エルフの騎士に先導してもらい、徒歩でサール王太子達がいるところまで向かうことになった。森の中を移動している最中に、ドレスはボロボロになるはずだ。


「では行こう、チェルシー」


父親に声をかけられ、ジルと共にセフィラスの妖精(エルフ)魔法で、ツリーハウスの下まで降ろしてもらうことになった。さすがにクロを連れて行くわけにはいかないので、セフィラスに託そうとすると……。


小声でクロが囁いた。


「チェルシー、ありがとう。驚かせてごめん……。落ち着いたから、一緒に連れて行って。今、チェルシーと離れたら、何が起きるか分からない」


こんなことを言われ、クロを置いて行くことなんてできるはずがない!

クロが心配だった。

それにこれは完全に甘えであるが、ずっとそばにいてくれるクロと離れ離れは嫌だという気持ちが、私の根底にあったのだ。その一方で、相手はサール王太子とあのルナシスタ。何が起きてもおかしくなかった。


「クロ、何か起きたら、その時は身を隠すのよ。約束、できる? できるなら連れて行くわ」


「分かったよ、チェルシー。約束する」


こうしてクロも連れ、私達はサール王太子とルナシスタの所へ向かうことになった。

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