第22話
ジルが口にした「ずっと一人の異性として見てきた」「結婚するならチェリーだって、ずっと思っていたよ」この言葉が頭にすんなり入ってくれない。
「ジル様は……ずっとパートナーが欲しかっただけですよね? 仕事の相談もできるような。色恋沙汰よりも、ビ」「チェリー、違うよ」
言葉を遮られ、私は固まってしまう。
するとジルは、ぽすっと私の頭に手をのせる。
「緊張しているね、チェリー」「それは……」
私の頭から手を離したジルは、空を見上げる。
柔らかいダークブラウンの髪に優しく陽光が降り注ぐ。
「初めて会った時、チェリーはまだ十二歳だ。対して自分は十八歳。チェリーから見たら、大人だろう? そんな自分がプロポーズしたら、怖いと思われてしまうかもしれない。そう思って、待つことにした。チェリーが十五歳になり、社交界デビューすると聞いて、エスコートを申し出るつもりだった。でも丁度その時、弟が落馬して怪我をして……。浮かれた気分で屋敷をあけ、マーネ王国へ行くなんてできなかった。そうしたらチェリーは……サール王太子の婚約者になっていた。それはもう、本当に。ショックだったよ」
これを聞いた私は自然と疑問を口にしていた。
「……どうして、私を……?」
「どうしてだろうね。でも初めて会った時から、チェリーはとっても可愛らしくて……。見た目もそうだけど、溌剌としていて、眩しかった。難しいね。でもチェリー、分かって欲しい。恋というのは、しようと思ってできるものではないのだよ。気づいたら、落ちているんだ。恋に落ちている。もう好きになってしまっていた。それは……どうすることもできない」
そうなのか。恋とは……そういうものなのね。
気づいたら好きになっている……。
それは理解できた。
ジルはそうやって私を好きになってくれていた。
では私はどうなのかしら?
ジルのことを……。
「何度も諦めようとしたよ。何せ王太子の婚約者にチェリーは選ばれてしまった。でも……無理だった。チェリー以外が考えられない。だから今回の件を聞いて、居ても立っても居られなくなった。もうチャンスは逃したくないと思ったんだよ」
いつも冷静で落ち着いているジルなのに。居ても立っても居られなくなる姿は想像できなかった。
「いきなり好きになってほしい――とは言わない。自分は片想いの期間が長く、もう我慢と待つのは慣れっこだ。婚約したら、結婚は早くしたい。でもチェリーの心が決まるまで、無理強いはしないつもりだ。チェリーが大切だからね。チェリーの心身共に準備ができたら、一つになるので構わない。だからまずは一緒にカーラン国へ行こう。そして婚約をして、一緒に暮らそう」
これにはもう何というか、じ~んと感動してしまう。
こんなに私のことを思っていくれたのね、ジルは……と胸が熱くなった。
しかも私は王太子の婚約者になっていたのに、諦めずに想いを続けてくれていた。その一途さは胸熱案件だ。
さんざん待っただろうに。私の気持ちが固まるまで、結婚をしても、無理強いはしない。つまり私がジルを心から好きと思えるまで、白い結婚を約束してくれた。
父親はリベンジができるとか、頑張れば伯爵位をのぞめるとか、そんなアドバイスをくれたけど。そんなことはどうでもいい。サール王太子とは愛のない婚約だった。もう一度婚約をするなら、今度こそ、愛する人と結ばれたい――。
「みゃぁ……」
あまりにも力のない声に、心臓がドクンと飛び上がる。
見ると噴水のそばでクロがぐったりと倒れていた。
「クロ! どうしたの!?」
慌ててクロに駆け寄る。ジルも驚いて私の後を追った。
「クロ、クロ、しっかりして!」
クロを抱き上げた時。
「チェルシー様。森の外にあなたの名を呼ぶ者が現れました。あなたが出てこないなら、森に火を放つと言っています」
セフィラスの言葉に、今度は心臓が止まりそうになった。
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