第21話
夕食や朝食で案内されたのとは違う庭園に案内された。
そこは中庭という感じで、こじんまりとしている。大理石の噴水があり、こんもりと丸く刈られたキンメツゲが並び、花壇はない。代わりに彫像が飾られ、白い木製のベンチが置かれていた。
「お時間になりましたら、迎えに参ります」
女性のエルフはそう言うと、音もなく去っていく。
「ミャー」
クロが甘えるように鳴いて私を見上げる。
私がジルにエスコートされ、歩き出すと、当たり前のようにクロがついて来た。その様子を見てジルは「まさか飼い猫も一緒にこの森に来ていたなんて。驚いた。チェリーのことが大好きなんだね」と微笑む。クロはツンとした表情でトコトコと私達の前を歩いていた。
ツンツン歩いていたのに、急に甘えるなんて。
これぞ猫よね。ツンデレ!
抱き上げるとクロはまるで私から離れまいとするかのように、ピタリと密着する。
もふもふの密着!
よだれ案件だわ~。
「ここのベンチに座ろうか、チェリー」
ジルに言われ、改めてベンチに並んで座った。
ついさっきまではジルを異性として意識し、落ち着かなかったのに。ジルの意図を自分なりに理解したことで、いつも通りに戻れた。
「しかし魔物の森と聞いていたけど、今のところ、魔物には会っていないな。……まあ、気づいたら、この屋敷にいたわけだけど。エルフか。初めて見たよ。みんな、人智を超えた美しさだし、この屋敷も。木の上にこんな建造物を作るなんて、すごいな」
幻影スキルの件は不用意に話していいことではない。一時、ここに滞在が許された父親とジルには、幻影スキルのことは話していないから、二人ともこの森に、魔物はいると信じている。
「そうですね。出会ったら怖いでしょうから、会わないで済むならそれに越したことはないと思います。ところでジル様はエルフの女性を見て、美しいと思われたのですよね? どうして顔が赤くなったりしないのですか? 私のお父様は……赤くなるというより、驚いて呆けた顔でエルフの女性を見ていましたよ」
私の問いにジルは快活に笑い出した。破顔したその表情は、えくぼが際立ち、なんだか和む。
「それは……男性は美しい女性には誰彼構わず反応するという思い込みでは? それに好きな人がそばのにいるのに、別の女性に反応するのはヒドイことだろう?」
「え?」
私がキョトンとしたが、胸の中のクロが落ち着かない様子で体を動かし、「どうしたの、クロ?」とその背中を優しく撫でる。
「チェリー。君と婚約し、結婚したい――という提案を出したのは、自分だ。両親がすすめたわけでもなければ、バークモンド伯爵が頼んだことでもない」
「!」
クロがいきなりピョンとジャンプし、噴水のところへ歩いて行ってしまう。
「クロ!」
呼びかけてベンチから立ち上がろうとすると、ジルに手首を掴まれた。
「ここはこじんまりしているから、クロは遠くへ行けないよ。もしどこかに駆け出したら、自分が追いかけるから、チェリーはここに座って。自分とバークモンド伯爵は、昼食を終えたら、ここを出なければならない。時間が限られているから、話を聞いて欲しい」
そう言われると従うしかない。確かに時間は限られているのだから。
ベンチに座ると、ジルは自身の体をこちらへ向け、セピア色の瞳で私のことをじっと見た。
改めてこんな風に見られると、なんだか緊張してしまう。
「チェリー。自分は君に初めて会った時から、好きだった」
「えっ?」
「チェリーはよく、“お兄さんみたい”と言うけれど、自分はチェリーのこと、一度も妹みたいだと思ったことはないよ。ずっと一人の異性として見てきた。結婚するならチェリーだって、ずっと思っていたよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます