第20話

目覚めたジルと目が合った瞬間。

なんだかドキドキとしてしまった。

これまで異性として意識していなかった相手が、いきなり婚約者として浮上したのだ。

どうしたって気恥ずかしいし、視線を思わず逸らしてしまう。


そんな私の変化に父親は気づいているのか、気づいていないのか、とにかく目覚めたジルに私が話したことを上手く要約し、伝えてくれた。ここら辺の伝達能力は、さすがだと思う。よく伝言ゲームはうまく伝わらないというけれど……。父親については完璧だった。


「そんなことがあったとは……。チェリー、それは大変だった。何より、無事でよかったよ。魔物の森に追放されたと聞いた時は、気が気ではなかったから。夜通し馬を走らせ、ここまで来た甲斐があった」


父親から話を聞いたジルはしみじみそう言うと、セピア色の瞳を細め、笑顔になる。

笑うとえくぼが際立ち、ジルの人柄の良さが際立つ。

幼い頃から変わらず、私をチェリーとニックネームで呼ぶのはジルだけだ。


「……ところでバークモンド伯爵。例の件はチェリーに話していただけましたか?」


「まさにそれを話し終えたところだ。……まあ、チェルシーは驚いているようだが」


父親とジルが何を話しているか分かり、一気に全身が熱くなる。

思わず二人から視線を逸らし、泳いだ私の目線は……。

クロのサファイアの瞳にぶつかる。

その瞳は不安そうに私を見ていた。

クロもきっと驚いているのね。


「バークモンド伯爵、チェリーと二人で話したいのですが」

「それは勿論、構わないが。私は……そうだな、バルコニーにでも出ようか」


「失礼します」


絶妙なタイミングでノックの音が聞こえ、女性のエルフが入って来た。

彼女は銀のトレーを手に持ち、そこから甘い香りが漂っている。

これは私も初日にいただいた、ネクターのジュースだわ!


女性のエルフは私達にあの甘い飲み物を配ると、こう告げた。


「セフィラス様より伝言です。『後ほど昼食をご用意します。それを召し上がったら、一旦森の外へお戻りください。近隣の村へ、移動させていただくことになった兵士の皆様が、再びこの森を目指しているようです。それを止めていただきたい』とのことです」


これには父親もジルもハッとしている。代表して父親が「申し訳ないです。お世話になっているのに、ご迷惑をおかけして。兵士達と合流したら、撤退します」と返事をした。一方のジルは……。


「昼食の時間まで、こちらのチェルシー嬢と話をしたいのですが、庭園などございますか?」


美しいエルフの女性に対し、照れることなく尋ねた。

セフィラスと同じぐらい、絶世の美女であるエルフを相手にしても、顔色一つ変わらないなんて。

だからジルは婚約者もできず、結婚もしていないのでは?


もしかして……。


いきなり父親から、ジルの婚約者に、結婚相手にと言われ、動揺してしまった。


でも冷静に考えると、ジルが私と結婚したいと言った理由、それは私の能力を認めたからでは? 何せ私はマーネ王国で王太子妃教育を終えている。それは政治から外交まで幅広い知識を身に着けたことになるのだ。マーネ王国の同年齢の令嬢の中では、学問・教養・マナーなどを完全に身に着けているのは、まさに私だ。


つまり私は、王太子から婚約破棄&断罪されている以外は、恐らく完璧な令嬢のはずなのだ。しかも隣国に行ってしまえば、婚約破棄&断罪の件は、目をつむってもらえる可能性が高い。特にカーラン国王のような、使える者はなんだって使うような考えであれば、私は利用価値ありと判断されるだろう。


無論ジルは、カーラン国王程、私の利用価値を考えたわけではないと思う。ただ、私は優れているという点を認めつつ、かつ妹のような私が辛い目に遭っていると知り、助けたいと思ってくれたのではないのかしら?


つまりジルは、私を女性として好きだから結婚するわけではない。まさにパートナーとして結婚したいのでは? そう考えると、しっくりくる。


ジルは何より仕事に夢中。色恋沙汰より仕事。つまりワーカホリック。


仕事もできて、見た目もいい、男爵家の嫡男で、身分的に問題もない。

それでも婚約者を作らないジルは、女性に興味がないのでは? もしや同性を……と想像したこともあったが、そうでもなかった。ただの真性ワーカホリックなのだ。


前世でもそんな人がいた。でもそうやって仕事を一途に頑張る男(ひと)は、どうしたってモテてしまうのだけど。


きっとジルと婚約したいと思った令嬢は、沢山いたのではないかしら? でもワーカホリックなジルは、彼の身上書を見て近づく令嬢では、ダメだったのだろう。だってそういう令嬢は、結婚相手に甘え、どっぷり寄生する気満々なのだから。前世でいう、ぶりっ子玉の輿狙い寿退職希望女子だ。


ジルが必要としているのは、パートナーとなる女性であり、自立した思考の令嬢なのだろう。でもこの世界では、そんな令嬢の方が稀なわけで。ひと昔前の良妻賢母こそが、この中世風の価値観を持つ乙女ゲームの正解だった。


だからこそ、私に白羽の矢が立ったに違いない!


納得できたところで、手を差し出された。

ハッとして顔を上げると、既に身支度を整えたジルがそばに立っている。


「庭園へ案内してもらえるそうだ。行こう、チェリー」

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