第19話
父親が言う、次に進むいい機会とは? サールのこともルナシスタのことも忘れる……。
どういうことなのかと声に出すまでもなく、顔に出ていたのだろう。父親が私の顔を見て、話を続けた。
「ローダー男爵とジル令息が提案してくれた。二人が暮らすカーラン国に来ないかと。二人は私の商才は勿論、チェルシーのことも認めてくれている。マーネ王国で伯爵位であったことを踏まえ、カーラン国王にも謁見するチャンスを作るとまで言ってくれたのだよ。うまくいけば、カーラン国王から男爵位を賜れる。そこでローダー男爵の事業を手伝いつつ、新たに商会を立ち上げ、マーネ王国から仲間を呼びせるんだよ」
なるほど。新天地から一からやり直すとは、隣国であるカーラン王国へ行くということだったのね。
カーラン王国にはローダー男爵の領地もあり、取引のため足を運ぶ父親に連れられ、何度も訪れたことがある。内陸部に広がる国で、平野部が多く、小麦の生産地として有名だ。冬の寒さをのぞけば、年間を通じ、過ごしやすい土地でもある。
しかもカーラン国王は、優秀な人材に渡航費用を出し、自国へ招くという。さらにはそのまま定住できるよう、仕事の斡旋も行い、外国人に手厚い支援をしているというが……。
良い一面がクローズアップされる一方で、カーラン国王は腹黒でも知られている。周辺国から有能な人材を集めるものの、彼らの成果を我が物とし、結局すべての利権は王家が握ってしまう。つまり自らの手柄としてしまうわけだ。結局、有能な人材の知恵と知見を搾り取れるだけ搾り取る、“搾取するだけの国王”としても有名だった。
父親は確かに商才があると思うが、それもいいように利用されないか、少し心配になってしまう。
「ローダー男爵とジル令息の提案はそれだけではない。ジル令息は二十四歳だが、家業に熱を入れて過ぎ、まだ結婚をしていないだろう。だが今、ローダー男爵は宝石商としての成功に加え、付随して展開したシルクなどの衣料品を扱う貿易商としても成功を収めつつある。よってローダー男爵は貿易商としてさらなる成功を目指し、宝石商の事業は嫡男であるジル令息に、全面的に任せることを考えているのだよ。そしてその切り盛りをチェルシー、お前とやりたいと考えているそうだ」
この発言に、クロの耳がピクピクと動いた。
私の頬もピクピクと反応している。
「分かるだろう、チェルシー? ジル令息は、お前を未来の男爵夫人にと望んでくれている。既に彼らはカーラン国王とのパイプもあり、王室御用達の宝石商になる話も出ているそうだ。カーラン国に渡り、ジル令息と婚約し、結婚すれば……。チェルシー、お前は幸せになれるのだよ」
ジルと結婚!?
これには驚き、目が丸くなる。
ジルは……私からすると兄のような存在だった。
父親と昔から仲がいいローダー男爵の長男であり、仕事もよくできる。
レッドダイヤモンドの時だって、流通がほとんどない中、良質な原石を手に入れてくれた。仕事もでき、とても優秀で、確かにジルなら宝石商として、さらに成功できるだろう。
柔らかいダークブラウンの髪に、切れ長のセピア色の瞳。
攻略対象の一人にいてもおかしくないハンサムであり、えくぼが素敵な年上の男性。
異性というより親戚。
まさに兄として見ていたジルと結婚……?
「国外追放されたチェルシーは、マーネ王国では平民扱いだ。でも隣国でジル令息と結婚すれば、男爵夫人になるのだから。レッドダイヤモンドの件では、煮え湯を飲まされた。でもこれでリベンジできる。さらにジル令息と頑張れば、伯爵位だって狙えるぞ」
確かに父親の言う通りで、またとないチャンスだった。
ただ、いきなり、兄と思い、懇意にしていたジルと結婚だなんて。
しかもそれは、ローダー男爵と私の父親の思い付きというわけでもない。ジル自身を含め、私との結婚を考えているわけで……。これはどう理解すればいいのかしら。ジルは私のことを……。
「……チェルシー?」
少し低音の深みのある声。
ジルが目覚めた。
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