第18話

サール王太子とルナシスタが用意周到に偽物を作らせていたら、父親が言う通り。それは精巧なものだろう。商談の場にいたあの宝石を鑑定した人間は金で買収されるだろうし、同席していたジルが「あれは本物です。鑑定書があります」と主張しても、「嘘をついている。偽証だ」と押し切られる可能性もある。


現状でも、王族と男爵令嬢を騙したというレッテルを貼られているのだ。その上で、王族相手に喧嘩をして、負ければ恥の上塗りとなり、いよいよ後がなくなる。


私はまだこの森という逃げ場を得たが、両親はどうなる?

ジルだって痛手を……。


「幸いなことが一点だけある。それはローダー男爵は、あくまで隣国の取引先。私達の国で騒動となっても、それでも距離があり、大衆からしたら他人事になる。現状はこうだ。でもここで王族相手に私達が裁判でも起こしたら、ローダー男爵にも迷惑をかけることになる」


「つまりレッドダイヤモンドの件は諦めるしかないのですね」


思わず肩を落とすと、クロがベッドから再び私の膝の上にジャンプし、手の甲をペロッとなめ「ニャァ」と猫らしく鳴く。そう言えば、クロと意思疎通を図れる件を父親にまだ話していない。でも今はレッドダイヤモンドの件だ。


クロの頭を撫でる私に、父親が声をかける。


「相手が悪かった。何せ王族だ。チェルシーが悔しい思いをしたのはよく分かる。……だが、どうなのだろう。チェルシーはサール王太子殿下のことを、その、好きだったのかい? サール王太子殿下との婚約は、向こうからの申し出だった」


そうなのだ。チェルシーは幼い頃から美少女として知られ、社交界デビューをした舞踏会で、サール王太子と出会った。彼はチェルシーに一目惚れしたとして、婚約者に指名。指名されたらもう、王族相手にノーなどないわけで。あっという間に婚約は成立してしまった。


ではチェルシーは、サール王太子をどう思っているのか。


単刀直入に言えば、どうとも思っていない。一方的に決められた婚約。こちらに選択肢なんてない。受け入れるしかない。結婚するしかない相手――と考えていたのだ、チェルシーは。


乙女ゲームではいわゆる王道に当たる王族ルートの王子様キャラ。それはもう、きっちりイケメンとしてサール王太子は設定されている。金髪に空色の瞳で、文武両道。ゲームをプレイしたいた時、「うわぁ、こんな人、現実にいたらヤバい~」なんて盛り上がっていた。


でも実際に婚約者になると、堅い。


お互い、男女交際の経験もなく、異性との会話を気軽に楽しめない。お茶をしていても、沈黙の時間の方が長い。しかもこの世界の風潮として、何事においてもリードするのは男性だ。女性からぐいぐいいくのは、淑女としてふさわしくないと考えられていた。それでいてヒロインであるルナシスタは、現代人が動かすから、攻略対象にもぐいぐい迫る。そこが彼らのツボにハマり、サール王太子は勿論、他の攻略対象も、ヒロインホイホイにより見事陥落させられていく。


まあ、ヒロインですからこの展開が当然であり、お決まり。それにそうしないと攻略(クリアする)とならないわけで。


「お父様、申し訳ありません。正直な気持ちを伝えるなら、サール王太子殿下との婚約は、一方的に定められたもの。私に選択肢はなく、そういうものと受け止めていました。……つまり愛はあるのかというと、ありません」


クロはなんだかもふもふの猫なのに、神妙な面持ちで私の言葉を聞き、一方の父親は安堵の表情になっている。ここは残念そうな顔をするのかと思った。でも違うようだ。


「そうか。チェルシーがサール王太子殿下を心から好きだったとしたら、これは大きな試練だ。心も傷つき、しばらく寝込むだろうと思っていた。だがそうではないと。ならば次に進むいい機会だ。もうサール王太子殿下のことも、その令嬢のことも、忘れよう。新天地で一からやり直さないかい?」


この父親の発言が意味することって……。


新天地? やり直す? 思わず首を傾げる私に、父親はニコリと笑顔になった。

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