第17話

「チェルシー!」

「お父様!」


不意に立ち上がってしまったが、問題なくクロは父親のいるベッドにジャンプした。私は父親と再会を祝うハグをすることになった。


「魔物の森に追放されたと知り、本当に驚いた。報告された話も耳を疑うばかり。聞くと母さんは屋敷で寝込んでいるらしい。父さんは隣国から直接ここへ来てしまったから、分からないことばかりだ。何があったのか、教えて欲しい。……それにここはどこなんだ?」


驚く父親にはまずここがどこであるかを話し、さらに何があったのかを全て打ち明けることになった。クロはベッドにちょこんと座り、父親と私の会話を見守ってくれる。


「……なるほど。薄々サール王太子殿下とルナシスタ男爵令嬢が浮気をしている気配を感じ、ついいやがらせはしてしまったと。まあそこは……気持ちは分かる。父さんがチェルシーの立場だったら、同じようなことをしたかもしれん。だが、嫌がらせはいけないことだ。そこは謝罪した方がいいだろう」


父親は冷静に、公平な判断をしてくれる。その一方で……。


「だがレッドダイヤモンドの件。これは解さないな。それについては報告でも上がり、驚いた。なにせ父さんの商会で取引した宝石だ。しかも仕入れはローダー男爵の宝石商に依頼している。彼とはもう二十年近く取引しているが、偽物なんて一度もでてきていない。鑑定書だってあるというのに。だからこそジル令息もここに来たのだよ」


「商談の最中に私の件を聞き、慌ててジル様も含め、ここへいらしてくれたと思ったのですが……。レッドダイヤモンドの件の確認のため、ジル様は同行されたのですね」


父親は「そうではないのだよ」と言って、こんな風に説明してくれた。


「ジル令息は、商談の最中に『緊急事態です』と我が家の従者が飛び込んできた非礼を責めることなく、事情を知ると、共に動いてくれた。国外追放され、向かったのは魔物の森と知り、急ぎ私兵を集めてくれたんだ。ここに来てくれた兵士は、ローダー男爵家お抱えの兵士達なのだよ」


「そうだったのですね……!」


「しかもジル令息は、その後の予定を全てキャンセルし、父さんと一緒に動いていくれた。しかも夜通し馬を走らせ、ここまで来てくれたんだ。それはレッドダイヤモンドの件のためではない。チェルシーの救出のためだ。ジル令息のことは、昔から知っているが……本当によくできた息子さんだよ」


父親のブルーグレーの瞳がうるっとなるから、見ている私まで、目に涙が浮かんでしまう。

確かにジルは頼れる兄であり、動揺する父親のことも、支えてくれたと想像できる。


「馬車の中で、ジル令息とは膝を突き合わせてよく話し合った。そこでもジル令息は、冷静に父さんを諭してくれた。断罪内容に理不尽なところはある。レッドダイヤモンドが偽物なんて、きっとでっちあげなのだろう。でもそうでもして、チェルシーのことを、サール王太子殿下とその男爵令嬢は排除したかったのだろうよ。そう思うと本当に……ヒドイ話だ。ではここで王族であるサール王太子殿下に『レッドダイヤモンドは本物です!』と盾つくのはどうなのか――そうジル令息に言われた」


それは……確かに冷静に考えると、相手はただの貴族ではない。ルナシスタはまだしも、サール王太子は王族。レッドダイヤモンドは本物だという確信があるが、もしサール王太子とルナシスタも偽物だと確信しているのなら……。


私は「もしや」と思い、父親を見る。すると父親は深く頷き、口を開く。


「チェルシーも分かったようだね。そう。殿下とかの令嬢は、レッドダイヤモンドのイヤリングの偽物を用意している可能性がある。王族はお抱えの宝石商があり、そこには腕利きの職人がいるだろう。もし彼らに偽物を用意させていたら……。こちらが用意した鑑定証も偽物と言われ、挙句、王族を疑ったと不敬罪にされてしまう可能性もある」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る