第16話

ツリーハウスのセフィラスの館にも、気づけば戻っていた。

これには本当に不思議で驚いてしまう。


ツインベッドの客間に運ばれた父親とジルは、そのまま私と同じ。

白いリネン類で整えられた天蓋付きのベッドに、寝かされることになった。


「妖精(エルフ)の罠は、強制的に解除できます。その場合、船酔いしているような状態になり、会話はままらないでしょう。あと三十分もすれば目が覚めますから、このままお待ちいただくのがいいと思います。あと、魔法の効き目には個人差がありますので、二人で同時に目覚めるわけではありません。時間差はありますから、そこはご理解ください」


そういうとセフィラスはクロと私を置いて、部屋を出て行った。


間取りとしては今、私が滞在している部屋に似ている。日当たりの良い窓があり、暖炉があり、ソファセットがあり……。ひとまずエルフの職人技が光る、透かし彫りの背もたれがついたアームチェアを父親の眠るベッドのそばに運び、腰を下ろす。クロはいつも通りジャンプして、私の膝で体勢を整える。


「チェルシーのお父さん、来るのが早かったね」

「そうね。恐らくジルも協力してくれたと思うの」

「ああ、アイツか……」


クロがチラッとジルが眠るベッドを見る。

ジルは隣国の男爵家の領主の嫡男であり、私より六歳上だった。現在は二十四歳。十代の頃から、跡継ぎとして、父親であるローダー男爵の宝石商の仕事を手伝っていた。私と初めて会ったのは、彼が十二歳で、私が六歳の時だった。


我が家は弟が幼い頃に病気で亡くなり、以後、母親に妊娠の兆しがなく、一人っ子。よって年上であり、商才もあり、しっかり者長男のジルは、私からすると兄のような存在だった。


私は王太子妃教育を経て、経営学に興味を持った。父親の商会の仕事も、手伝うこともある。いわゆる実地訓練みたいな感覚だった。実際の取引の現場を見せてもらったり、各種契約書の締結について、学ばせてもらったりした感じだ。


よってジルともいまだによく会うこともあり、約三年前のルナシスタのレッドダイヤモンドでも、お世話になった。


レッドダイヤモンド。


あれはまだルナシスタとサールが深い関係と知らず、よかれと思い、彼女のために用立てた宝石だった。まだ学生であり、身分も男爵家。価格もほぼ原価に近い値段で提案したのに、なぜか値上げを求められ……。


結局、ルナシスタの言う価格で、きちんとイヤリングに加工したレッドダイヤモンドを納品したのに。


このレッドダイヤモンドが偽物であり、本物と偽って売りつけたと、ルナシスタとサールは私を断罪したのだ。


だがしかし!


偽物なわけがなかった。事前にこちらでも鑑定しているし、ルナシスタが手配した人間も鑑定をした。そして双方で本物と確認し、イヤリングにしたのに。


細かな嫌がらせは、確かにチェルシーはルナシスタに対して、行ってしまっている。でもこのレッドダイヤモンドは、完全に冤罪だ。何よりこのレッドダイヤモンドは、父親の商会経由で、ジルの父親が経営する宝石商から入手している。ここで偽物と断罪されたら、父親にもジルにも迷惑をかけかねない。


この件については、父親にはぜひ調査して欲しいと思ってしまう。鑑定書だってあるわけで、ルナシスタとサールが何をもってして偽物であると指摘するのか、知りたい気持ちでいっぱいだった。


考え事をする私に対し、話しかけることなく黙っていたクロの髭が、ぴくっと動いた。長くてレーダーのような髭は、とても敏感。


「どうしたの、クロ?」

「チェルシーのお父さんの瞼が、今、ぴくぴくと動いたよ。そろそろ目覚めると思うよ」


クロがまさにそう言った時、父親の口が動いた気がした。

そこでもういいだろうと思い「お父様」と声を掛けてみる。


すると……。


ゆっくりと、閉じられていた瞼が開いた。

そして父親のブルーグレーの瞳が、私の方へと向けられる。

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